関口のお地蔵様

マーカーは関口のお地蔵様です。

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。

関口のお地蔵様
[今から二百七十年前、関口(この土地の地名)のお母さんたち、住民二十六名が念仏講中というグループを作り、毎日の食事から少しずつ削った稗(ひえ)や栗(農家の常食)を堤平右エ門宅へ持ち寄り、お金に替えて貯え、五・六年かかって、元文二年十月(1737年将軍吉宗の時代)に子供の守り本尊として、このお地蔵様を建立しました。このお地蔵さまには、亡くした親の悲しみと、今、生きている子供の成長を祈る親の願いがこめられています。
「この世で、わずかしか生きられなかった子供たちの魂を、救ってくださったり、今、生きている子供たちが健やかに育つよう、いつも見守ってくださっております。」
銘文
武刕(州)多摩郡野方領田端村之内関口講中廿六人
  元文丁巳年十月廿四
       願主 堤 兵右エ門
昭和五十八年六月 郷土研究科 森奏樹 誌  (「2017/08/07 阿佐ヶ谷散歩 02 天祖神社/関口のお地蔵様/梅郷中央公園 …」より)]

関口のお地蔵様案内板(Google Map 画像)

関口のお地蔵様 – Google Map 画像リンク

カメラ西方向が関口のお地蔵様です。

関口のお地蔵様(Google Map 画像)