マーカーは高円寺北庚申塔です。
「今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部 谷 謙二(人文地理学研究室) – 首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。
高円寺北庚申塔
[室町時代頃からはじまり、江戸時代さかんに建立された庚申塔は、本尊が青面金剛で、多くは不見、不聞、不言の三猿が刻まれています。庚申待とは民間信仰行事の一つで、60日に1回めぐってくる庚申(かのえさる)の夜に、講中の人々が集まり、寝ずにお経を唱えたり、酒食を共に語り合いして一夜を過ごしたといわれています。
この庚申塔は正徳6年(1716)高円寺村の講中10人が、悪病退散、村民安全祈願のため建立したものです。はじめ現在の所で真南に向って鎮座していたこの塔は、大正12年の関東大震災で横転しました。その後西向きに建立しました。また、昭和20年の東京大空襲の際、戦火をかぶり塔の一部が破損しましたので、昭和37年現状の如く修復され、今も地元の人々によって朝夕熱心に信仰されています。 (「9 庚申塚 【信仰】(高円寺北2丁目38番13号)|杉並区公式 …」より)]
カメラ東方向が高円寺北庚申塔です。
高円寺北庚申塔(Google Map 画像)
高円寺北庚申塔(Google Map 画像)