北沢川緑道・大石橋

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マーカーは大石橋です。

大石橋
[森巌寺からは下北沢の街まですぐですが、再び滝坂道に戻って、先へ進みましょう。
 まもなく梅丘通りと交わる淡島交差点ですが、旧道はその直前、池尻4-39で左に分かれ、すぐに北沢川緑道と出合います。ここにはかつて大石橋が架かっていました。今も復元されたせせらぎが流れています。
地元に伝わる話では、この地点には昔は橋がなかったそうです。川幅が広く、深い流れで、水の勢いも激しかったため、ここを越すのは容易ではなかったというのです。天明年間にこの地を通りかかった藤助と名乗る行者は村人たちが難渋しているのを見て、諸国を行脚して集めた資金や地元有力者、近郷の村からの寄金によって大石橋を架ける工事を始め、村人たちも力を合わせて、ついに天明9(1789)年に橋が完成しました。橋の完成を見届け、藤助はどこかへ旅立っていき、村人たちは行者藤助への感謝と旅の無事を祈念する気持ちから「日本廻國供養之石塔」を建立したということです(『ふるさと世田谷を語る~代田・北沢・代沢・大原・羽根木』、世田谷区、1997年)。
 由緒ある大石橋と石塔はともに昭和10年頃、河川改修工事で失われてしまい、石塔は昭和11年に再建されたものの、昭和20年5月25日の空襲により焼失し、現在のものは昭和27(1952)年に再々建されたもので、大石橋の先の庚申塚(三宿3-38)に立っています。  (「世田谷の古道・滝坂道パート1(渋谷・道玄坂~豪徳寺)」より)]

国立公文書館デジタルアーカイブ – 江戸御場絵図」[江戸御場絵図表示は南北逆になっていますので、反転表示すると見やすくなります。反転表示した絵図四つ切右上・下北沢の下、渋谷道(滝坂道)に架かる橋・石ハシが大石橋と思われます。]

大石橋北詰めのカメラです。

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