マーカーは喜多見氷川神社です。
喜多見氷川神社
[氷川神社(ひかわじんじゃ)は、東京都世田谷区喜多見四丁目にある神社である。旧社格は郷社。旧喜多見村の鎮守。祭神として須佐之男命を祀っている。
当神社は天平12年(740年)の創建と伝えられているが、室町時代に洪水などで神社にまつわる古文書など流失してしまっているため、詳細は分かっていない。古くは多摩川沿いにあったといわれている。
永禄13年(1570年)に江戸城からこの地の移り住んだ江戸氏の当主・江戸刑部頼忠が荒廃していた当神社を修復して祈願所としたと言われている。
江戸時代になり江戸氏は喜多見氏と改姓し、天和2年(1682年)喜多見氏の初代・喜多見若狭守勝忠により神領五石が寄進されたなど、現在の神社の礎が完成した。
承応3年(1654年)には、喜多見重恒・重勝兄弟が今に残る石の鳥居を寄進している。(世田谷区有形文化財)
また当神社の別当は華蔵院という寺院(明治初期に廃寺)であった。
明治時代になり、明治6年(1873年)には村社に列し、明治17年(1884年)に郷社に昇格した。大正に入り、1922年には社殿改築工事が始まり、1926年に完成した。
1988年にはその社殿が焼失してしまうが、1990年に現社殿が再建され現在に至る。
また近隣の大蔵氷川神社・宇奈根氷川神社とともに三所明神社と称されている。
一の鳥居と石碑・wikipedia-photo
一の鳥居(参道は約100mに及ぶ)・wikipedia-photo
社殿・wikipedia-photo
(wikipedia・氷川神社_(世田谷区喜多見)より)]
「喜多見氷川神社ホームページ」 – 「年中行事」
「国立公文書館デジタルアーカイブ – 江戸御場絵図」(江戸御場絵図表示は南北逆になっていますので、反転表示すると見やすくなります。反転表示した絵図四つ切左上・「喜多見」左下に氷川社が描かれています。)
「江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「氷川明神社 禱善寺 慶元寺」(8-54)、「氷川明神社解説-1・左ページ左端より3行目から」(8-57)、「氷川明神社解説-2・左ページ」(8-59)
氷川明神社 禱善寺 慶元寺(拡大図)
[左ページ上に氷川明神社が、右ページ右中程に廃寺となった別当寺禱善寺、右ページ左に慶元寺が描かれている。]
カメラ北方向が喜多見氷川神社参道口です。
喜多見氷川神社拝殿前のカメラ参道口です。