大山道追分

マーカーは大山道追分です。

大山道マップと史跡ガイド」 – 「大山道マップ(A3版) (PDF形式 2,966キロバイト)

大山道追分
[文政 10 年(1827)相模から江戸へ物資の輸送、人の往来も盛んとなって、この三叉路に道標を兼ねた庚申塔が建てられた。その両面には「右江戸道、左世田谷、四谷道」と字が刻まれていた。(現物は世田谷区郷土資料館中庭に移設)  (「大山街道見どころマップ 三軒茶屋~二子玉川 2B 1/2 Copyrights(c) 2007 」より)]

[大山みち追分の庚申塔(用賀3-14)
江戸から相模に向かい、新・旧の大山みち(青山通り大山道)はここで合流、この辺りには醤油屋、紺屋、油屋、酒屋、料理屋等が軒を並べ、用賀村の中心として賑わっていました。文政10年(1827年)この追分に道標を兼ねた庚申塔が建ち、『みぎ江戸みち、ひだり世田谷四谷みち』と刻まれていました。今、この庚申塔は世田谷区立郷土資料館の中庭に移設展示してあります。  (「解説3【上町 (旧道) 用賀】 (PDF形式 1,513キロバイト)」より)]

大山道追分 – Google Map 画像リンク

カメラ位置は大山道追分で、カメラ北西方向角に道標を兼ねた庚申塔あったと思われます。カメラ西南西方向角に新設された大山道追分の道標があります。