庚申塔(南千束二丁目)

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マーカーは庚申塔(南千束二丁目)です。

国立公文書館デジタルアーカイブ – 江戸御場絵図」[江戸御場絵図表示は南北逆になっていますので、反転表示すると見やすくなります。反転表示した絵図四つ切右下・「千束溜井」左道のT交差点左が庚申塔がある場所だと思います。]

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。
1896~1909年地図の洗足池左道のT交差点左が庚申塔がある場所だと思います。

庚申塔(南千束二丁目)
[元は延宝6年(1678年)に建てられ、文化11年(1814年)再建。中原街道から九品仏浄真寺に至る道の分岐点に、道しるべを兼ねて建てられたもの。江戸時代後期の特色を持つ角柱型の文字塔です。区指定文化財。  (「大田区ホームページ – 庚申塔(南千束二丁目)」より)]

[〈大田区指定 有形民俗文化財〉  昭和50年3月19日指定
 享保三年(1718)に、馬込村久保谷の庚申講の人々によって庚申供養のため建てられた燈籠である。
 燈籠型の庚申塔は、他地域にも類例があるが、それは銘文や三猿を彫ったものが多い。しかし、この塔のように竿石の正面に、庚申信仰の本尊である青面金剛を彫ったものは珍しく、貴重である。
 庚申講とは、「庚申の夜、寝てしまうと体内にいる『三尸』という虫が抜け出て、天帝に日頃の罪状を報告され命が縮められてしまう」という言い伝えがあり、そのため眠らずに過ごし、延命招福』を祈ったものである。
 村の仲間が徹夜で酒食をともにすることから、レクレーションや他村の連帯をはまる寄合いにもなった。〔大田区教育委員会設置の標識板より〕  (「113 東京都大田区の指定文化財石造物(下)4 – 石仏散歩 – Gooブログ」より]

庚申供養塔 – Google Map 画像リンク

カメラ北西方向、電柱後ろに天保二年銘道標があります。

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