慈眼寺

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マーカーは慈眼寺です。

慈眼寺
[真言宗智山派寺院の慈眼寺は、喜楽山教令院と号します。徳治元年(1306)法印定音が小堂を建てたのを始まりとし、天文2年(1533)長崎四郎左衝門が、この小堂を崖上の当地に移し真言宗慈眼寺と称しました。玉川八十八ヶ所霊場37番です。  (「猫のあしあと – 慈眼寺」より)]

[東急田園都市線二子玉川駅の北、徒歩15分。徳治元年(1306年)、法印定音が小さな堂を建立して開創したのに始まる。はじめは修験所であったが、天文2年(1533年)、郷士の長崎四郎左衛門が国分寺崖線の上の現在地に堂宇を移し、大日如来を本尊として安置して慈眼寺と称した。以後、長崎家の祈願所であり菩提寺でもあった。また、神仏分離が行われる以前は南隣の御嶽神社(現在の瀬田玉川神社)の別当寺であった。現在の本堂昭和50年(1975年)に再建されたもの。近年建て直された真新しい仁王門が美しい。  (「東京ガイド – 慈眼寺」より)]

国立公文書館デジタルアーカイブ – 江戸御場絵図」(江戸御場絵図表示は南北逆になっていますので、反転表示すると見やすくなります。反転表示した絵図四つ切左下・「瀬田」左上方向に慈眼寺が描かれています。)

慈眼寺 – Google Map 画像リンク
 
カメラ西北西方向が慈眼寺仁王門です。

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