東光寺

マーカーは東光寺です。

国立公文書館デジタルアーカイブ – 江戸御場絵図」(江戸御場絵図表示は南北逆になっていますので、反転表示すると見やすくなります。反転表示した絵図四つ切右下・「衾」上方向に東光寺が描かれています。)

東京府15区8郡時代の町村区分図」 – 「最新交通指導地図荏原郡碑衾町」[地図左グリーンのエリア中央・36番が東光寺です。改修前の二子道(目黒道)が描かれています。]

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。
1896~1909年地図に常圓寺、東光寺、氷川神社、金剛院や改修前の二子道(目黒道)が描かれています。

東光寺
[貞治4年(1365)、当時の世田谷城主吉良冶家が、10歳で早世した子息の祖朝の菩提を弔うために建てたのが当寺です。吉良氏は中世にかけて世田谷・目黒地域に勢力を誇った一族で、吉良氏の庇護のもと、東光寺は世田谷の法華寺(現、円融寺)とともに栄えました。
創建当初は「東岡寺」と称し臨済宗でしたが、天正19年(1591)頃に現在と同じ「東光寺」と改め、さらに江戸時代の初めには曹洞宗へと変わりました。
墓地の中を西に上っていった先には、吉良氏一族の墓といわれる3基の石塔があり、その内2基は宝篋印塔です。3基はそれぞれ吉良祖朝・7代城主頼貞・8代城主氏朝の娘の3人の墓と伝えられています。また、境内には歴代住職の墓が並んでいて、寺の古い歴史を物語っています。
本堂の裏手には禅寺らしい落ち着いた雰囲気の庭園があり、本堂正面には雄株の大銀杏がそびえ立っています。(目黒区教育委員会掲示より)  (「猫のあしあと – 東光寺」より)]

[旧都立大学のあった小高い丘を背に、常圓寺と並ぶように立つ 曹洞宗(禅宗)の古刹。「慈母観音像」や「六地蔵菩薩」などの石像物が点在。本堂前の大イチョウは雄木で、常圓寺の大イチョウとは夫婦イチョウという人もいます。  (「都立大学 | めぐろWALK – めぐろ観光まちづくり協会」より)]

東光寺|目黒区八雲にある曹洞宗寺院 – 猫の足あと

2014年01月の記事 | お宮、お寺を散歩しよう (東光寺)」、「子どもの夜泣きに御利益(鬼の念仏) – 定年時代

東光寺 – Google Map 画像リンク

カメラ北方向が東光寺山門で、山門向こうに大イチョウが見えます。

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