森巌寺

マーカーは森巌寺です。

森巌寺
[森巌寺(しんがんじ)は、東京都世田谷区代沢にある寺院。浄土宗に属し、1608年(慶長13年)に結城秀康の位牌所として建立された。江戸時代には灸と針供養、そして富士講で名高い寺として知られ、多くの参詣者で賑わったと伝わる。毎年2月8日に行われる「森巌寺の針供養」は、世田谷区指定無形民俗文化財(風俗慣習)に指定されている。2006年(平成18年)には、境内にあった富士塚の発掘調査が実施された。この寺院の界隈は、「淡島の灸の森巌寺」として1984年(昭和59年)に「せたがや百景」に選定されている。
この寺院は、結城秀康の位牌所として1608年(慶長13年)に建立された。1607年(慶長12年)、死期の迫った秀康はかねてより帰依していた越前国一乗寺の万世和尚に黄金を贈り、江戸に寺を建立するように遺言した。万世和尚は年老いていてその任を果たせそうになかったため、弟子の孫公和尚(明暦元年7月11日寂)に秀康の遺言を託した。孫公和尚は各地を巡って北沢村に適地を見つけ寺院を建立し、秀康の法名「浄光院殿森巌道慰運正大居士」にちなんで「浄光院森巌寺」と名づけた。
森巌寺は浄土宗に属し、京都知恩院末寺である。明治時代の神仏分離の時期まで、寺の東隣にある北澤八幡神社別当寺を務めたことから山号を「八幡山」といい、正式の名称は「八幡山 浄光院 森巌寺」という。本尊は阿弥陀如来で、脇侍の観音菩薩、勢至菩薩とともに祀られている。
森巌寺の本堂は、江戸時代に2回の火災に遭って焼失したことが『新編武蔵風土記稿』巻之五十二、荏原郡之十四、下北沢村の条や、村尾正靖が文化4年(1807年)から天保12年(1841年)の紀行文をまとめた『江戸近郊道しるべ』などに記述されている。秀康の位牌は、本尊阿弥陀如来の元にある厨子内に安置されている。徳川家の位牌所であるため、建造物などに徳川家ゆかりの三つ葉葵の紋所を見ることができる。昭和の初期まで、秀康と関係の深い松平家の子孫が年1度森巖寺を訪問した際に、三つ葉葵の紋が入った漆器でもてなすことが恒例になっていたという。
江戸時代の森巌寺は、灸と針供養、そして富士講で名高い寺として知られ、多くの参詣者で賑わったという。灸は「淡島明神の灸」として知られ、『江戸名所図会』は次のような由来を伝えている。森巌寺の開山孫公和尚は紀州名草郡加太の人で、常日頃腰痛に苦しんでいた。和尚は淡島明神に熱心に祈願を続けたところ、ある夜の夢に淡島明神が現れて灸の秘法を伝授した。和尚は淡島明神の夢告に従って灸を試し、積年の腰痛はたちどころに完治した。和尚はこの霊験に深く感謝し、加太から淡島明神をこの地に勧請して淡島堂を建立した。和尚はさらに森巌寺の僧侶たちにも灸の秘法を伝授し、その効能の確かさは世間の評判を呼んで毎月3・8の灸治の日には遠くから訪れる人も多かった。その名残で森巌寺の山門には、「粟嶋の灸」という看板が今でも掲げられている。
針供養は、毎年2月8日に淡島堂で執り行われる。その始まりは定かではないというが、江戸時代末期には狂歌の題材になっていることから、当時は既に近郊で名高い行事だったことが推定されている。針供養の当日は淡島堂内で法要が行われ、人々は用意された豆腐に古針を刺して供養する。この行事は、1999年(平成11年)11月24日に世田谷区指定無形民俗文化財(風俗慣習)に指定された。なお淡島堂の前には、針塚が現存している。
森巌寺境内には、かつて富士塚が存在していた。この富士塚は江戸時代に盛んだった富士講のために1821年(文政4年)に造成されたもので、標高はおよそ40メートルあった。この富士塚は、森巌寺の墓地整備計画によって2006年(平成16年)に切り崩された。切り崩される直前の富士塚については、山本暉久(昭和女子大学大学院教授)を会長とする森巌寺富士塚調査会と世田谷区教育委員会が詳細な調査を行っている。
森巌寺山門・wikipedia-photo  (wikipedia・森巌寺_(世田谷区)より)]

浄土宗八幡山浄光院 森巖寺のホームページ

国立公文書館デジタルアーカイブ – 江戸御場絵図」[江戸御場絵図表示は南北逆になっていますので、反転表示すると見やすくなります。反転表示した絵図四つ切右上・下北沢の左に森巌寺が描かれています。)

江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「北澤 粟島社 池尻 祖師堂」(8-39)[図絵左ページ・左の本社が淡島堂、右別当が森巌寺で、絵図右上方向に北沢八幡宮が描かれています。]、「北澤淡島明神社解説」(8-40)

森巖寺 – Google Map 画像リンク

カメラ北西方向が森巌寺山門です。

カメラ北方向が森巌寺本堂で、カメラ西方向に淡島堂、カメラ南方向に不動堂・閻魔堂、その右に弁財天があります。

カメラ北方向が森巌寺本堂です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*