次太夫堀脇の道標(庚申塔)

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マーカーは次太夫堀脇の道標(庚申塔)です。

大山道マップ(A3版) (PDF形式 2,966キロバイト)

次太夫堀脇の道標(庚申塔)
[江戸時代の初め、慶長年間に幕府の命令で代官小泉次太夫が計画を進めた農業用水のひとつに六郷用水があります。次太夫堀とも呼ばれ、今は丸子川と命名されています。その脇にある道標は、庚申信仰が盛んだった頃に建立されたもので、瀬田村の庚申供養講中が安永6年(1777年)に建てました。この庚申塔は道しるべを兼ね、『南大山道 左 西赤坂道、右 東目黒道』と刻んであります。  (「解説4【用賀~(慈眼寺線)~(行善寺線)~二子玉川】 (PDF形式 1,525キロバイト)」より)]

南大山道道標 – Google Map 画像リンク

カメラ北北東方向に次太夫堀脇の道標(庚申塔)があります。

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