マーカーは経堂1-12-5 庚申塔です。
「今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部 谷 謙二(人文地理学研究室) – 首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。
1896~1909年地図で、中央に経堂在家村が描かれています、経堂1-12-5 庚申塔が設置されている場所は、その右下方向の十字路北東角になります。
経堂1-12-5 庚申塔
[滝坂道経堂南ルートは初め南西に向かい、経堂1丁目に入るあたりから西に向き、だんだん北西寄りに針路をとります。まもなく経堂駅南口から南に伸びる農大通り商店街と交差しますが、その角に庚申塔があります(経堂1-12-5)。北ルートには庚申塔などはまったく現存せず、やはりこちらの方が旧道の風情があります。この庚申塔(1826年)は道標にもなっていて、「東青山道 南二子道 西ふちうミち」と刻まれています。農大通りも古道で、経堂から多摩川の二子の渡し方面へ通じるルートだったことが分かります。「西ふちうミち」はもちろん西へ行くと府中に通じるという意味です。 (「世田谷の古道~滝坂道(後編:宮の坂~滝坂)」より)]
[ ◎東京都世田谷区経堂1-12-5 路傍に祀られている。
場所は経堂駅から南に下る”農大通り”の途中の街角にある。庚申塔ではあるが、道標にもなっている。
正面、「南 二子道
正面向って左、「西 ふちうミち(府中道)」
正面向って右、「東 青山道」・文政九年(1826)十一月吉日の造立 (「各地の庚申塔(世田谷区ー5) ( 歴史 ) – TATSU**のブログ(東京都+川崎 …」より)]
カメラ北東方向が経堂1-12-5 庚申塔です。
経堂村庚申塔道標(Google Map 画像)
経堂村庚申塔道標(Google Map 画像)