上妙寺

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上妙寺
[上妙寺は、荻新田を開発した荻兄弟が開基となり、日財上人を開山に迎えて寛永2年(1625年)に創建したといいます。
「江東区の民俗城東編」による上妙寺の縁起
上妙寺
『砂町誌』によれば、上妙寺は寛永二年(一六二五)の建立で、平賀本土寺末寺である。開基は荻某氏で、元和年間(一六一五~二四)に大和国平方村から兄弟三人でこの地を開墾した。ここ荻は長兄が独力で付近十数町を開き、地名を荻と名付けた。荻氏は一寺を建立し、所有地三反五畝歩を寄付し、日財上人を勧請し、開山とした。『新編武蔵風土記稿』巻之二五によれば、日財上人は明暦三年(一六五七)に亡くなり、荻氏の墓も残されており、初代は寛文九年(一六六九)没で、戒名は最善院完円であるという。
かつて大津波のとき、堂芋が大破し、境内の椎の古枝に鬼子母神の像が係留していた。以後、海中出現子育鬼子母神と尊称し、毎月八の日に開帳し、正・五・九月二八日の大祭には諸人参詣した。門前に文化一〇年(一八一三)に建てられた「鬼子母神道道標」がある。この標柱は小名木川沿い(東砂二)にあったが、戦後現在地に移されたものであるという。また、涅槃像は長さ一八尺幅九尺の画幅で、昔この地の代官のすすめにより将軍家大奥より寄せられたものであったという。海嘯・震災・戦災など幾多の苦難ののち、昭和三五年に本堂庫裏を復興した。「江東区の民俗城東編」より  (「上妙寺|江東区東砂にある日蓮宗寺院 – 猫の足あと」より)]

上妙寺ホームページ

国立国会図書館デジタルコレクション – 深川十万坪ヨリ中川海手迄 : 天保一一年八月ノ形」(コマ番号2/4・絵図中央左方向の萩新田に上妙寺が描かれています。)

上妙寺 – Google Map 画像リンク

カメラ西方向が上妙寺山門です。