下今井熊野神社

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マーカーは下今井熊野神社です。

国立公文書館 デジタルアーカイブ – 江戸御場絵図 – 葛西筋御場絵図」(絵図は東が上になっていますので、北を上にすると見やすくなります。絵図を北向きにして、絵図四つ切右下、江戸川右、下今井に、下今井熊野神社があることになります。

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。
1896~1909年地図で、江戸川左、下今井右の鳥居が下今井熊野神社です。

下今井熊野神社
[下今井熊野神社は、江戸川区江戸川にある熊野神社です。下今井熊野神社は、宝永4年(1707)下今井村の鎮守として、下今井稲荷神社下今井香取神社と共に創建したといいます。
●江戸川区教育委員会掲示による下今井熊野神社の縁起
熊野神社は、旧下今井村の鎮守で、「おくまんさま」とよばれて、江戸川を上下する船人の信仰を集めていました。宝永年間(一七〇四ー一七一一)の創建と伝えられ、祭神は伊佐奈美神です。
おくまんだしの水
本神社前の江戸川は、「おくまんだし」とよばれ、水流の関係で深い瀬となっています。ここの水は、とくにきれいで、こなれていたために、昔は徳川将軍家の茶の湯につかわれていたと伝えられています。
野田の醤油の製造をはじめ、本所深川、大島あたりでもこの水を買って飲んだといわれています。(江戸川区教育委員会掲示より)
●「江戸川区史」による下今井熊野神社の縁起
熊野神社(江戸川五丁目七番地六号)
宝永四年(一七〇七)の創建で、伊佐奈美神をまつり俗に「お熊ん様」と呼ばれる。江戸時代には舟人たちの信仰が厚く、社前を通過する時は必ず帆をおろして航行の安全を祈ったといわれる。また社前の江戸川は深い淵となって水が清澄で飲料水に適していた。徳川将軍家でもここの水を運んだという。俗に「おくまんだし」の水として尊重された。境内に昭和四十三年芭蕉の句碑が建設された(「江戸川区史」より)
新編武蔵風土記稿による下今井熊野神社の縁起
(下今井村附持添新田)熊野社
観音寺持。下二社同じ(新編武蔵風土記稿より)  (「下今井熊野神社|江戸川区江戸川の神社、下今井村の鎮守 – 猫の足あと」より)]

下今井熊野神社 – Google Map 画像リンク

カメラ西北西方向が下今井熊野神社参道です。

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