下総国分寺

マーカーは下総国分寺です。

江戸御場絵図」(絵図は東西方向を軸に描かれていますので、絵図を回転して南北を軸にすると見やすくなります、南北軸にした絵図で、絵図四つ切右下・江戸川渡船場右上方向、「国分」右に金光明寺と描かれています。)

下総国分寺
[下総国分寺(しもうさこくぶんじ)は、千葉県市川市にある真言宗豊山派の寺院。山号は国分山。本尊薬師如来
奈良時代聖武天皇の詔により日本各地に建立された国分寺のうち、下総国国分寺の後継寺院にあたる。
市川市北西部、国府台の南端に所在する。創建時の国分寺跡地に重複して位置し、同寺の法燈を継承すると伝える。かつては「金光明寺」と号していたという。
建久年間(1190-1199年)、寛元元年(1243年)、文永年間(1264-1275年)には、下総国分寺の寺領を指すとみられる史料が残されている。しかしながら戦国時代の2度の国府台合戦や数度の火災によって詳細な文献は失われており、変遷は不明である。
南大門・wikipedia-photo、本堂・wikipedia-photo  (wikipedia・下総国分寺より)]

市川市|文化財(国指定)-下総国分寺跡

江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「国分寺」(20-23)、「国分山金光明寺解説」(20-24)

国分山国分寺南大門 – Google Map 画像リンク」、「下総国分寺 – Google Map 画像リンク

カメラ北西方向が下総国分寺表門です。

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