亀戸浅間神社

マーカーは亀戸浅間神社です。

亀戸浅間神社
[社伝によれば、日本武尊東征の砌、弟橘媛は海神の怒りを宥めるため、走水の海に身を投じた。後に媛の笄〔こうがい〕が現在の亀戸9丁目のあたり(旧称・高貝洲)に流れ着いた。これを聞いた景行天皇は、この地に笄を埋めて塚を築き、祠を建てた。大永7年(1527)、里人が甘露寺元長に勧請し(懇請したということか?)、富士山より木花咲耶姫を迎え、笄塚の上に社殿を建てて祀った。これが亀戸浅間神社の創祀とされる。安政2年(1855)の大地震で社殿が倒壊。明治11年(1878)、富士山より溶岩を運んで富士塚を築き、その上に社殿を再建した。大正12年(1923)、関東大震災により、再び社殿は被害を受け、現在の社殿はその後に建てられたもの。戦災を免れ、戦前の姿を残す貴重な木造建築の社殿である。平成10年(1998)、都の防災再開発事業のため、社殿が富士塚北側の現在地に移された。富士塚一帯は公園として整備されている。(「東都神社御朱印集」より)]

亀戸浅間神社ホームページ

国立国会図書館デジタルコレクション -北本所亀戸辺ヨリ中川迄 : 天保一一年八月ノ形」(絵図右下に浅間宮と描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 亀戸ヨリ中川迄」 – 「亀戸ヨリ中川迄. [1]」[コマ番号3/6・絵図左下に浅間富士が描かれています。]

亀戸浅間神社 – Google Map 画像リンク」、「亀戸の富士塚 – Google Map 画像リンク」、「六ッ目地蔵尊 – Google Map 画像リンク

カメラ北北西方向が亀戸浅間神社参道です。

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