仲台院

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マーカーは仲台院です。

江戸御場絵図」(絵図は東西方向を軸に描かれていますので、絵図を回転して南北を軸にすると見やすくなります、南北軸にした絵図で、四つ切右下・「西小松川」と「東小松川」の間に仲臺院及び御膳所が描かれています。)

仲台院
[江戸川区教育委員会掲示による仲台院の縁起
仲台院
浄土宗で、無量山西方寺と号します。鎌倉光明寺の学僧應誉良道上人が天文8年(1539)一宇を建立して、阿弥陀如来をまつったのがはじまりです。
当寺は、享保2年(1717)に将軍徳川吉宗が放鷹のため、当地を訪ずれたときに将軍御膳所(休息や食事をする場所)にあてられて以来、幕末まで将軍の御膳所でした。
吉宗は、頻繁にこの地へ来て、鷹狩りをおこないました。自ら紀州和歌山県、吉宗はもと紀州藩主)から呼び寄せた綱差役(獲物となる鳥の飼育などをする役)加納甚内がこの地にいたこと、当時この地には鵜が多く飛来していたことによると思われます。吉宗、家重家冶の三代で百回以上もこの地で鷹狩りをしており、その大半は仲台院を御膳所にしています。(江戸川区教育委員会掲示より)  (「仲台院|江戸川区西小松川町にある浄土宗寺院 – 猫の足あと」より)]

仲台院 – Google Map 画像リンク

カメラ西北西方向が仲台院山門です。

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