円福寺

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マーカーは円福寺です。

江戸御場絵図」(絵図は東西方向を軸に描かれていますので、絵図を回転して南北を軸にすると見やすくなります、南北軸にした絵図で、四つ切右下・境川左、西一之江に円福寺があります。)

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。
1896~1909年の地図の、西一之江と境川の間の「卍」が円福寺です。

円福寺
[真言宗豊山派寺院の円福寺は、長慶山寿命院と号します。円福寺は、賢明法印(天文19年1550年寂)が開山となり大永2年(1522)に創建、天和3年(1683)に大杉にあった東福寺を合寺したといいます。
新編武蔵風土記稿による円福寺の縁起
(西一之江村)円福寺
新義真言宗、東小松川村善照寺末。長慶山寿命院と号す。本尊地蔵を安ず。開山賢明、天文19年2月26日寂。
鐘楼寛延4年鋳造の鐘をかく。(新編武蔵風土記稿より)
●「江戸川区史」による円福寺の縁起
円福寺(西一之江一丁目一〇四九番地)
真言宗豊山派、長慶山寿命院と号して善照寺末の筆頭で住職の交流があった。大永二年(一五二二)賢明法印(天文十九年二月寂)によって開山されたが、それ以前から草庵があったようである。本尊は木造延命地蔵菩薩座像で、室町期の了運上人作と伝えれられるが秘仏になっている。
天和三年に大杉にあった東福寺を合併し、その他数ヵ寺を合併している。なお当寺は明治から大正時代にかけて「円福寺の盆踊り」と称して有名であった。門前に六地蔵は「みちびき地蔵」と称し、昭和四十八年三月に建立された。西一之江二の四四一の地蔵堂敷地は同寺の所有で、大杉会館が建ち地蔵尊がまつられている。(「江戸川区史」より)  (「円福寺|江戸川区西一之江にある真言宗豊山派寺院 – 猫の足あと」より)]

円福寺 – Google Map 画像リンク

カメラ西北西方向が円福寺山門で、山門左に「みちびき地蔵」があります。

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