宝林寺

マーカーは宝林寺です。

国立公文書館 デジタルアーカイブ – 江戸御場絵図 – 葛西筋御場絵図」(絵図は東が上になっていますので、北を上にすると見やすくなります。絵図を北向きにして、中央右方向・江戸川の市川の渡船場左の三差路左に宝林寺があります。

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。
1896~1909年地図で、江戸川左・伊豫田左の三差路左に描かれる「卍」が宝林寺です。

宝林寺
[真言宗豊山派寺院の宝林寺は、愛宕山地蔵院と号します。宝林寺は、大秀法印(慶長12年1607年没)が創建したといいます。本堂前に常灯明があり、墓地に旧伊予田村(北小岩3丁目)の開拓者篠原伊褖の墓と伝わる宝筐印塔があります。
新編武蔵風土記稿による宝林寺の縁起
(伊予田村)寶林寺
新義真言宗、下総国葛飾郡小金領国分村金光明寺の末、愛宕山と号す。本尊不動を置。開山文秀房、慶長12年寂す。境内篠原伊予の墓あり。法名を浄徳といひ、承応3年4月死す。(新編武蔵風土記稿より)
●江戸川区教育委員会掲示による宝林寺の縁起
真言宗豊山派に属し、愛宕山地蔵院と号します。もとは千葉県市川市国分の金光明寺(下総国分寺)の末寺です。起立は大秀法印(慶長12年1607没)で、本尊不動明王です。本堂前に常燈明が、墓地には旧伊褖村(現在の北小岩3丁目ほか)の開拓者、篠原伊褖の墓と伝わる宝篋印塔があります。(江戸川区教育委員会掲示より)  (「宝林寺|江戸川区北小岩にある真言宗豊山派寺院 – 猫の足あと」より)]

[常燈明
小岩市川の渡しにあった常燈明で、成田山を信仰する千住総講中によって、天保10年(1839)に建てられたものです。
成田山新勝寺は、天慶3年(940)草創と伝える古刹で不動霊場として知られています。小岩市川の渡しは佐倉道の小岩市川関所にあり、成田参詣の道筋にもあたっていました。高さ2メートル。5段の台石も2メートル弱あり、台石銘には世話人や協賛者が刻まれています。昭和9年(1934)の江戸川改修に当たり、宝林寺に移されました。
江戸川区登録有形文化財・建造物
●北小岩3丁目23番11号 宝林寺
昭和56年1月13日 告示  (「常燈明 江戸川区 文化財・史跡」より)]

宝林寺 – Google Map 画像リンク

宝林寺山門前のカメラで、カメラ北北東方向山門内に常燈明があります。