平井諏訪神社

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マーカーは平井諏訪神社です。

国立公文書館 デジタルアーカイブ – 江戸御場絵図 – 葛西筋御場絵図」(絵図は東が上になっていますので、北を上にすると見やすくなります。絵図を北向きにして、中央下方向・下平井上に聖天と鳥居が描かれています、その鳥居が平井諏訪神社です。

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。
1896~1909年地図で、中川に架かる平井橋右の鳥居が平井諏訪神社です。

平井諏訪神社
[諏訪神社の御祭神は 大国主神の御子建御名方神が奉斎されている 信濃国一ノ宮諏訪大社の分社である。
 享保年間平井聖天灯明寺の恵祐法印が生国信州の諏訪大明神の神霊を当所に社殿を建立祭祀したるを以て当社の創建とする。その後天保14年11月本殿を改築、頭梁は越後国蒲原郡田島村出身の山際万吉藤原鎮路でこの社殿は昭和42年の改築により境内北隅へ移築し、末社稲荷神社(白崎稲荷、伝十郎稲荷)として祭祀されているが、江戸末期の堂宇建築技術が見られる。
 当社は明治5年11月社格を村社に列せられ、公費供進指定神社であったが、昭和21年以降この制度は廃止されている。本殿には、当社創建以前より下平井村の氏神であったと云われる平井3丁目鎮座の四所神社(春日明神)を昭和8年に合祀し、現在も毎年その例祭日である1月11日に四所神社祭が執行されている。
 昭和42年9月明治100年を記念し、諏訪神社造営奉賛会を結成し、社殿、神楽殿、神輿庫の新築を氏子の浄財寄進を以て着手することになった。翌昭和43年10月27日遷座祭、44年8月9日工事全般終了により落成式を斎行した。社殿の規模では、江戸川区一と評されている。  (「諏訪神社 – 東京都神社庁」より)]

「下平井の観世音菩薩浅草道石造道標
享保19年(1734)の建立。平成18年(2006)3月、西側道路の社務所脇の植え込みに移設され、保存されています。道標のある細い路地が渡しへ向かう旧道です。正面に観音菩薩立像が刻まれています。銘文は「秩父□□□あさくさ道」「享保十九甲寅」「是より佐(ひだり)ぎやうとく道(行徳道)」とあります。旧浅草道は浅草行徳を結ぶ道筋で、江戸川区を直線で横切るものですが、平井の渡しに近いこのあたりの道は曲がりくねっていました。道標の原位置は現在地前の路地の南のつきあたり諏訪神社の南(保育園入り口付近)でした。
●江戸川区登録有形文化財・歴史資料
●平井6丁目17番36号 諏訪神社
●昭和58年3月15日 告示  (「下平井の観世音菩薩浅草道石造道標 江戸川区 文化財・史跡」より)]

平井諏訪神社|江戸川区平井の神社、下平井村鎮守 – 猫の足あと

12 外壁彫刻が映える旧本殿 平井諏訪神社:江戸川区公式ホームページ

平井諏訪神社 – Google Map 画像リンク」、「平井の富士塚 – Google Map 画像リンク

カメラ西北西方向が平井諏訪神社鳥居です。

平井諏訪神社拝殿前のカメラです。

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