旧江戸川区役所文書庫と東京大空襲平和の像

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マーカーは旧江戸川区役所文書庫です。

旧江戸川区役所文書庫と東京大空襲平和の像
[江戸川区が誕生した昭和7(1932)年から昭和20(1945)年まで、区役所は小松川町におかれていた南葛飾郡庁舎をそのまま使用していました。東京大空襲により、平井・逆井・小松川一帯は大きな被害を受け、この文書庫も火災に遭いましたが、崩れ落ちることもなく焼け残りました。戦火の傷痕を残す文書庫を、平和の尊さを後世に伝えるために歴史的遺産として保存し、戦争の惨禍を再び繰り返さぬよう語り継いでいます。平成3(1991)年には、文書庫隣の小松川三丁目公園内に「世代を結ぶ平和の像」も建立されました。  (「14 旧江戸川区役所文書庫と東京大空襲平和の像 江戸川区公式ホームページ」より)]

世代を結ぶ平和の像
[碑文
【表】
世代を結ぶ平和の像
圓鍔勝三
【裏】
東京大空襲 江戸川区犠牲者追悼 世代を結ぶ平和の像
 昭和20年3月10日の東京大空襲により、下町は炎の海と化し、10万人が亡くなり、100万人が家を失いました。
 江戸川区でも、平井・小松川地区がほぼ全滅、800余名の人びとが尊い命を失い、当時小松川の地にあった区役所も消失し、その中で文書庫だけが焼け残りました。
 江戸川区は、戦争の悲惨さと平和の尊さを語り継ぐ貴重な歴史的建築物として、文書庫を保存することにしました。
 この母子像は、文書庫の保存を記念して、戦争の過ちを再び繰り返さない誓いを込めて、東京大空襲で理不尽にも尊い命を落とされた犠牲者を追悼し、平和の尊さを世代を越えて語り継ぐために、1万数千余の方々の浄財をもとに、戦災を体験された文化勲章受章彫刻家圓鍔勝三先生に制作を委嘱し、平成3年3月10日に「世代を結ぶ平和の像」をつくる会より、江戸川区に寄贈されたものです。  (「総務省|一般戦災死没者の追悼|世代を結ぶ平和の像」より)]

平成30年3月10日(土曜日)、小松川さくらホール1階に江戸川区平和祈念展示室を開設(常設)しました。

世代を結ぶ平和の像 – Google Map 画像リンク

カメラ北東方向に旧江戸川区役所文書庫と東京大空襲平和の像があります。

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