本一色の石造道標

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マーカーは本一色の石造道標です。

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国立公文書館 デジタルアーカイブ – 江戸御場絵図 – 葛西筋御場絵図」(絵図は東が上になっていますので、北を上にすると見やすくなります。絵図を北向きにして、絵図四つ切右下・本一色と松木の間、元佐倉道中と中井堀が交差する場所に菅原本ハシと描かれ、その上の交差路に本一色の石造道標があったと思われます。)

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。
1896~1909年地図で、千葉街道と中井堀が交差する場所が菅原橋跡で、その上の鳥居が北野神社で現在本一色の石造道標がある場所で、その左上の交差路が元の場所のようです。。

本一色の石造道標
[北野神社境内の南隅に、道路に面して建てられていますが、もとの位置はさらに北へ50メートル、江戸川本一色郵便局(Google Maps)のところにありました。高さ165センチメートル。月山湯殿山羽黒山出羽三山信仰の講中の碑ですが、正面には「是より左上小松平井道」、左側面には「是より右新宿道」、右側面には「是より右市川道」と刻まれ、背面には「本一色村」とあります。文政2年(1819)に建てられたものです。
江戸川区登録有形文化財・歴史資料
本一色2丁目22番5号 北野神社
昭和58年3月15日 告示  (「本一色の石造道標 江戸川区 文化財・史跡」より)]

[所在地 江戸川区本一色2-22 (北野神社)
 この道標は、旧本一色村の出羽三山講中によって建てられました。もとはこの先、本一色郵便局角にあったものを当境内に移転したものです。銘文からみると、文政2年(1819)に造立されたもので、上小松、平井、市川、新宿の方向が示されています。
銘文
正面 月山
    湯殿山 講中 (10名連記)
    羽黒山
     是より左
     上小松
     平井   道
右面 是より右市川道(6名連記)
    文政2卯天12月
左面 是より右新宿道(7名連記)
背面 本一色村
  昭和53年(1978)7月 江戸川区教育委員会  (「東京都江戸川区の歴史 本一色石造道標(北野神社)」より)]

カメラ南方向・樹木の間に本一色の石造道標があります。

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