駒形堂

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マーカーは駒形堂です。

駒形堂
[駒形堂は、浅草寺本尊聖観世院菩薩さまが、およそ千四百年前、隅田川よりご示現(じげん)なされ、はじめて奉安された地に建つお堂。昔、この辺りは船着き場で、渡しや船宿もあり大変な賑わいをみせ、船で浅草寺参詣に訪れた人々は、まずこの地に上陸して駒形堂をお参りして、観音堂へと向った。このお堂のご本尊さまは馬頭観音さまで、今も昔も、この地を行き交う人々をお守り下さっている。
 現在のお堂は平成十五年に再建されたもの。今もこの地はご本尊ご示現の聖地として、人々の篤い信仰に支えられ、毎月の十九日の馬頭観音さまのご縁日には、多くの参詣者で賑わう。馬頭観音さまのご真言・・・「おん あみりとどはばうんはった」  金龍山 浅草寺
浅草観音戒殺碑
総高183.5センチ。元禄5年(1692)浅草寺本尊が垂迹(すいじゃく)した霊地として、駒形堂の地を中心に南は諏訪町より、北は聖天岸にいたる10町余の川筋を魚介殺生禁断の地にした。このことを記念し、元禄6年3月浅草寺第四世宣存が願主となり建立したものである。駒形堂はしばしば焼失しており、戒殺碑はいずれかの火災に際して倒壊しており、宝暦9年(1759)堂宇再建に伴い再び建てられたといわれる。現在の碑が当初のものであるか、再建したものであるかは詳かではないが、昭和2年(1927)5月に土中から発見、同8年修補再建されたものである。 昭和46年10月1日 建設 東京都教育委員会  (「旧日光街道1回目(江戸・千住宿)」より)]

駒形堂資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 下谷絵図」(1849 – 1862)[絵図四つ切右下・「駒形町」の間に「駒形堂寺」が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 御府内往還其外沿革図書. 拾五之二」(絵図四つ切左上に「駒形堂寺」が描かれています。)

(名所江戸百景・. 駒形堂吾嬬橋wikipedia-photo)

江戸名所図会」(画像は国立国会図書館ウェブサイトより取得)・駒形堂清水稲荷

江戸名所圖會. 卷之1-7 / 齋藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 畫圖」・「駒形堂清水稲荷」(16-25)、「駒形堂解説・右ページ5行目から」(16-26)

駒形堂 – Google Map 画像リンク」、「浅草観音戒殺 – Google Map 画像リンク

カメラ南東方向が駒形堂で、境内左隅に浅草観音戒殺碑がある。

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