亮潮院

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マーカーは亮潮院です。

亮潮院
[日蓮宗・日暉上人は、身延山の奥の院にあたる七面山で荒行を修めた後、現在の戸山町付近に七面尊像をまつり、明暦元年(1655年)には徳川将軍家祈願所とされました。寛文11年(1671年)、境内が尾張徳川家下屋敷となったため現在地に堂塔を移し、文化文政期には「江戸名所図会」に描かれているような大規模な寺となりました。正面の七面堂は当時のもので、「高田の七面堂」や門の色から「赤門さん」とも呼ばれました。七面堂を護るようにして立つ『金剛力士像』一対(区指定文化財)は、宝暦2年(1752年)作の珍しい石造りで、大変迫力のある逸品です。亮朝院の北の神田川にかかる面影橋のあたりは、太田道灌の「山吹の里」の伝説が残されています。  (「亮朝院 – 新宿観光振興協会」より)]

指定有形文化財(建造物) 「亮朝院本堂」、「亮朝院七面堂」、「木造妙見菩薩立像及び宮殿」、「木造諏訪大明神坐像及び宮殿」

亮朝院 – Google Map 画像リンク

カメラ西方向が亮潮院山門です。

カメラ西方向が亮潮院鐘楼堂です。

資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 大久保絵図」(絵図右上に亮潮院が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 府内場末其外往還沿革図書. [20]拾九貞」(コマ番号4/13・地図中央右方向に亮潮院が描かれています。)

江戸名所図会」(画像は国立国会図書館ウェブサイトより取得)・高田七面堂朝日桜

江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「高田七面堂朝日桜」(12-8)、「高田七面堂解説-1・右ページ4行目より」(12-7)、「高田七面堂解説-2・右ページ中程まで」(12-10)

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