北向地蔵(子連れ願かけ地蔵)

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マーカーは北向地蔵(子連れ願かけ地蔵)です。

北向地蔵(子連れ願かけ地蔵)
[現上鷺宮一丁目には大小二体の地蔵尊北向きたむき地蔵があり、別名子連れ願かけ地蔵ともいわれる。大きいほうの地蔵尊には正徳五年(一七一五)の銘がある。  (「上鷺ノ宮村 | 仲介手数料最大無料の東京賃貸事情」より)]

[上鷺宮の願かけ地蔵は2体の石仏からなります。
大きな方の地蔵尊は、正徳5年(1715)に建立され、「奉供養仏講中 上鷺宮村願主篠氏敬白」と刻まれています。講中とは、村の人が寄り合って念仏を唱えた信仰集団、念仏講に加入している信者のことです。
小さな方の石仏には「多摩郡上鷺宮村 篠丈右衛門」の文とともに、現世だけでなく来世での幸せも祈願した「二世安楽」の文字が刻まれています。
この地蔵に祈願する人は、真夜中に白装束で祈りながら小さい石仏を倒します。すると倒された石仏を起こしてほしいため、大きい地蔵尊が願いごとを叶えてくれたそうです。願が叶ったら、願かけをした人が小さい石仏を起こしに行きました。このような祈願の形は昭和30年(1955)頃まで続いたそうです。
所在地 中野区上鷺宮1-2-14(中野通三叉路角)
アクセス 西武新宿線「鷺ノ宮」駅から徒歩9分  (「上鷺宮の願かけ地蔵尊 – 中野区都市観光サイト まるっと中野」より)]

[子連れ願かけ地蔵、その名前だけを聞けば、とくに何の変哲もないお地蔵さんのように思われますが、なぜ私がこのお地蔵さんに興味をそそられたかというと。このお地蔵さんには、ちょっと変わった信仰が行なわれていたからです。
そのちょっと変わった信仰とは、夜中に白装束を着て、お願いごとをしながら写真右の小さなお地蔵様を倒すという、一見、逆に祟られそうな大胆なものなのです。子供のお地蔵さんを倒された、大きな方のお地蔵さんは、子供のお地蔵さんを起こしてほしいので、願いを叶えざる得ないわけですそうして半ば強引に願いを叶えてもらった祈願者は、倒したお地蔵さんを起こしに再びお地蔵さんを参るのだそうです。そのちょっと変わった信仰は昭和30年頃まで行なわれ、今は行なわれていないそうですが、子供のお地蔵さんは今でも固定されておらず、少し後ろに押してみると動きます。  (「虐げられるお地蔵さん NO.1|なお さんぽ – Ameba」より)]

上鷺宮の願かけ地蔵尊 – Google Map 画像リンク

カメラ南方向が北向地蔵(子連れ願かけ地蔵)です。

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