宮津藩松平家下屋敷跡(東京女子医科大学病院)

    上地図右のサードバーのマーカーポイント名をクリックするとマーカーポイントの吹き出しが表示されます。

    宮津藩松平家下屋敷跡(東京女子医科大学病院)
    [東京女子医科大学病院の場所はかつて丹後国宮津藩大名屋敷だったようで、古地図を見ると庭園に池が描かれています。地名も、市ヶ谷河田町とか 市ヶ谷谷町(現 住吉町)とか、地形に由来しているんでしょうね。  (「紅葉川・柳川→饅頭谷 « 庵魚堂日乗・コメント」より)]

    [金辨財天
    市ヶ谷河田町(だと思うけど)の〈金辨財天〉。階段下の見過ごしてしまいそうな小さな社。それだけだったらどうってことないのだけれど、
    ここに鎮座するのは〝狛犬〟ならぬ〝こま蛇〟様、なのである。江戸時代の切り絵図を見ると「松平伯耆守」の下屋敷らしいのだが、ネットで検索をしたらやはりそうみたいで、「丹後宮津藩七万石松平伯耆の下屋敷の池の端に……」と調べた人がいました。弁天様って、池とか、水にゆかりのある場所に勧請されるものですよね。東京都新宿区市ヶ谷河田町 東京女子医大病院の近くです。  (「晴釣雨読、時々温泉」より)]

    国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 大久保絵図(嘉永七年・1854年)」[絵図中央左下付近・松平伯耆守(丹後宮津藩)下屋敷が描かれています。]

    国立国会図書館デジタルコレクション – 江戸絵図. 9号」(コマ番号3/5・絵図中央左、尾張殿の右が松平伊予守下屋敷が宮津藩松平家下屋敷です。)

    国立国会図書館デジタルコレクション – 御府内場末往還其外沿革圖書. [16]拾九亨(嘉永五年・1852年)」(コマ番号3/7・絵図四つ切左下中央に松平伯耆守(丹後宮津藩)下屋敷が描かれています。)

    東京都立図書館アーカイブ – 東京市牛込区全図(出版年-1907)」(地図四つ切左下中央・谷河田町の9-16番までが宮津藩松平家下屋敷跡になると思います。)

    カメラ南西方向が東京女子医科大学病院です。

    金辨財天前のカメラです。