彦根藩井伊家下屋敷跡(元大隈重信邸)

マーカーは大隈庭園です。

彦根藩井伊家下屋敷跡(元大隈重信邸)
[大隈庭園の地は、江戸時代彦根藩・井伊家や高松藩・松平家の下屋敷だったところで、この土地を明治17年に大隈重信が購入し、ここに邸宅を構えました。庭園は、もとは和様四条家風のものでしたが、大隈は、それを好まず、山や谷、泉や塔を配し、明治期の京都で流行していた文人風の庭に改造させました。作者は佐々木可村という庭園師です。大隈重信が大正11年1月10日、85歳で没した後、本人の遺志によりこの庭園は早稲田大学に寄付され、以来、大隈会館の庭園として活用されてきました。戦災で全壊に近い被害を受けたが、戦後復旧されました。大隈講堂に向かって左手、大隈会館の入り口に建つこの建物は、かつては大隈家の馬丁小屋だったもので、現在は、文書課受付となっています。明治の中頃に建てられたこの建物は、早稲田のキャンパス内で最古のものになります。  (「大隈庭園 – 早稲田・高田馬場の歴史散策ガイド」)]

国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 大久保絵図」(絵図右上に井伊掃部頭下屋敷が描かれています。)

カメラ東北東方向が彦根藩井伊家下屋敷跡(大隈庭園)で、カメラ方向右が大隈会館で左が大隈家の馬丁小屋(文書課受付)です。

大隈庭園内のストリートビューです。