落馬地蔵

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マーカーは落馬地蔵です。

落馬地蔵
[三代将軍家光は鷹狩りのため江戸の西郊、北郊にしばしば出かけた。乗馬についてはかなりの自信を持っていた。それが寛永3年(1626)の初夏、高田馬場へ向かって馬を走らせ、もう一息で馬場に着くという早稲田村あたりで、急に馬がとまり前脚をあげて立ちあがった。そのはずみでさすがの家光も馬から落ちてしまった。馬の名手の将軍を落とすほどの異状があったのか供の者たちも驚き、村人に調べるよう命じた。村人も手をわけて付近をしらべたところ、ここを流れるカニ川の土橋の下から一体の地蔵菩薩の石像が現れた。
さてはこの尊い地蔵様を粗末にしたからだということで、この旨将軍に報告したところ、家光はこの石造を手厚くまつるようにということで、「落馬地蔵」と名づけてお堂をつくっておまつりをしてきた。
 残念ながら等身大のこの石像は戦災で破損しいまは別の地蔵像がまつられている。  (「史跡めぐりの会より – CUBIS NPO法人歴史・環境・まちづくり 」より)]

国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 大久保絵図」(絵図中心から右方向に大養寺が描かれています。)

落馬地蔵尊 – Google Map 画像リンク

カメラ北方向に落馬地蔵があります。

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