誓閑寺

マーカーは誓閑寺です。

誓閑寺
[寛永7年(1630年)雄誉霊厳和尚が、深川に創建した霊厳寺が明暦の大火で焼失した後、その法燈を継いで、誓閑和尚がこの地に「方松庵」を建てたのがこの寺のはじまりです。尾張徳川家下屋敷に隣接している関係から、当家の奥女中の墓が多かったようですが、今は大奥老女・川瀬のひとつを残すだけです。夏目漱石は自宅すぐ近くの誓閑寺の鐘の音について、随筆「硝子戸の中」でふれています。その『梵鐘』(区指定文化財)は、今も境内に残されています。区内最古の梵鐘といわれ、「荏原郡」の在銘と寄進者名が刻まれていることから、天和2年(1682年)頃、すでに豊島郡になっていたこの地が、いまだ旧郡名の「荏原郡」とよばれていたことがわかります。  (「誓閑寺 古い郡名の残る梵鐘 – 新宿観光振興協会」より)]

[誓閑寺の梵鐘
 天和二年(1682)に近在の住民の寄進により鋳造された区内最古の梵鐘である。 総高138cm、口径79cm、周囲236cmで、形状は比較的古い様式を残している。
 池の間(銘文等を刻む空間)は四つに区画され、全面に銘文が刻まれており、特に銘文中の「武州荏原郡」の記載は、当時すでに豊島郡になっていたこのあたりが、古い郡名で呼ばれていた例を示す史料となっている
 なお、鐘楼昭和四十九年四月に、千葉県木更津市選擇寺より移築されたものである。  東京都新宿区教育委員会  (「誓閑寺|新宿区喜久井町にある浄土宗寺院 – 猫の足あと」より]

[除夜の鐘 – 108人(24時00分から)  (「平成24-25年版_新宿区で除夜の鐘が衝けるお寺と年始の参拝」より)]

資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 大久保絵図」(絵図中央右方向右上に・戸山尾刕殿(尾張徳川家)下屋敷の右下方向に誓閑寺が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 府内場末其外往還沿革図書. [16]拾九亨」(コマ番号5/7・地図左端中央に誓閑寺が描かれています。)

江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「誓閑寺西方寺」(11-51)「亀鶴山誓閑寺解説・左ページ左側」(11-52)

誓閑寺 – Google Map 画像リンク

カメラ南西方向が誓閑寺です。

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