諏訪神社

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マーカーは諏訪神社です。

諏訪神社
[諏訪神社(すわじんじゃ)は、東京都新宿区高田馬場にある神社。JR東京メトロまたは西武鉄道高田馬場駅の南東約350mの市街地に鎮座する。 徳川家鷹狩と深いつながりを持ち、絵馬などが保管されている。 古来より眼病・諸病に霊験有りとする地下霊水が湧き出している。弘仁年間(810 – 824年)の創建と伝えられ、小野篁により大国主命・事代主命を祀ったのがはじまりとされる。松原神社と命名されたが、徳川義直により諏訪神社と改名。 かつては付近一帯が当神社にちなみ諏訪町(すわちょう)と呼ばれていたが、住居表示による町名変更により、地名としては消滅した。現在では諏訪通りや諏訪町交差点などに名を残している。  (wikipedia・諏訪神社_(新宿区)より)]

[諏訪神社は、新宿区高田馬場にある神社です。諏訪神社の創建年代は不詳ですが、従三位左大弁小野篁が弘仁年間(810-824)に再造したと伝えられ、その後も源頼義父子や源頼朝太田道灌等が再造したといいます。江戸時代には、諏訪村戸塚村大久保百人町西大久保村等周辺の鎮守社となっていたといい、明治時代には明治天皇が高田馬場の射的場を上覧した際には休息所にあてられていたといいます。  (「猫のあしあと」より)]

[諏訪神社はもと戸塚村、大久保村、百人町の鎮守でした。社伝によると、平安初期の弘仁年間(810~24年)に小野篁(たかむら)が大国主と事代生をまつったのが起源とされています。その後、源頼朝が文治5年(1189年)、奥州征伐の際に戦勝を祈願して勝利。社殿を造営したといいます。応仁3年(1469年)には大田道灌により改築されますが、元亀年間(1570~73年)、北条早雲により焼かれ、江戸時代初期に尾張藩祖徳川義直によって、信濃国諏訪神社合祀し、改称・再建しました。神社周辺は幸いにも第二次世界大戦の空襲による被害をまぬがれ、今なお古木が生い茂る「諏訪の森」が残り、人々のいこいの場として親しまれています。  (「諏訪神社 – 新宿観光振興協会」より)]

諏訪神社ホームページ

諏訪神社 – Google Map 画像リンク

カメラ北方向が諏訪神社参道です。

諏訪神社拝殿前夜のカメラです。

資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 江戸絵図. 9号」(コマ番号5/5・絵図左上に「諏訪社 玄國寺」と描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 府内場末其外往還沿革図書. [20]拾九貞」(コマ番号3・切絵図中央下の左方向に玄国寺が、その上に諏訪神社敷地が描かてれいます。)

江戸名所図会」(画像は国立国会図書館ウェブサイトより取得)・諏訪谷村諏訪明神社

江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「諏訪谷村諏訪明神社」(11-12)

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