マーカーは野方配水塔です。
「今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部 谷 謙二(人文地理学研究室) – 首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。
1927~1939年地図の哲学堂上に配水塔が描かれています。
野方配水塔
[野方配水塔(のがたはいすいとう、英称 Nogata standpipe)は、東京都中野区江古田1丁目3番1号に設けられた荒玉水道の野方給水場(のちに野方給水所に改称)に作られた配水塔である。高さ33・6m、基部直径18m。
野方配水塔は、1929年3月末に竣工し、配水塔としては1966年に使用を停止した。1972年7月31日に給水所が廃止されてからは跡地及び配水塔を東京都水道局が管理してきたが、現在は中野区の災害用給水槽となっている。
地元では江古田川・妙正寺川に向かって高台にあり後述の大谷口配水塔同様良く目立つ。「水道タンク」あるいは「みずのとう」と呼ばれる。
塔に空襲時の弾丸の痕跡が残っていることから中野区の平和史跡となっており、周囲は中野区立みずのとう公園・みずのとう幼稚園として整備されている。新青梅街道をはさんで南側に哲学堂公園があり、ペットの墓所も備えた蓮華寺が中野通り・新青梅街道の交差点にある。このため一帯は交通量が多いが閑静である。
同じ荒玉水道の配水塔として板橋区に大谷口配水塔があったが、東京都水道局の大谷口給水所築造工事のため2005年6月に取り壊された。
中野区立みずのとう公園内震災対策用応急給水施設
給水所が廃止されて5年後の1977年、跡地は中野区立みずのとう公園・みずのとう幼稚園として整備された。2010年に国の登録有形文化財に登録された。
使用停止された配水塔は配水系統の幹線である野方大谷口線(直径1,100mm)から水道水を引き入れた災害用給水槽(有効水量1,500m3)として新たに機能している。 定水位弁による引き入れと循環ポンプによる引き出しで給水槽内の水は常に新鮮な状態に保たれている。また応急給水口が用意され、震災災害時には中野区民・周辺都民に一定量の給水をする。
野方配水塔・wikipedia-photo (wikipedia・野方配水塔より)]
カメラ南南東方向が野方配水塔です。