心法寺

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マーカーは心法寺です。

心法寺
[慶長2年(1597)然翁聖山上人を開山徳川家康開基に創建された区内唯一の近世から続く寺院です。 当初は、周辺の商工業者を檀家としていましたが、後には尾張徳川家など武家の檀家も増え、天保9年(1838)の火災に被災後の再建には、尾張家中屋敷御殿の木曽材が使われたといわれています。8代将軍徳川吉宗に重用され、見沼代用水の開削などを行った治水家、井沢弥惣兵衛の墓があります。同寺所蔵の銅製梵鐘・紙本着色仏涅槃図・木造阿弥陀如来坐像・水盤が千代田区指定文化財に指定されています。  (千代田区観光協会ホームページより)]

[麹町大通りを挟んで北側には浄土宗の由緒ある「心法寺」があります。千代田区には、江戸時代、200以上の寺院がありましたが、武家地向け用地不足等で郊外移転を余儀なくされ、現在残っている唯一の寺院が心法寺です。もとは三河の国の寺院でしたが、徳川家康に従い、1592年、麹町に開いたものです。その頃の様子は本稿第46回に記載の通り、入口に茶屋がみえます。ご本尊恵心僧都による阿弥陀如来(平安後期作)です。また、梵鐘は三河時代1676年作で、寺の謂れが刻まれていますが、「武州豊嶋郡・・山野手・・心法寺」の文字がみえ、「山の手」の地名のはしりと思われます。檀家には尾張藩家老の成瀬家、松平家、稲垣家大名11家が連なり、墓地には、著名な人々が祀られています。  (「千代田区観光協会 – 第50回 麹町6丁目 その2」より)]

[本堂の左手前に小さな地蔵堂がある。そこに2体の地蔵があるが普通のお地蔵様の隣に、一見すると鍾乳石でも切り出してきたようにしか見えない「塩地蔵」と呼ばれる一風変った地蔵がある。塩が置かれていてそれを自分の具合の悪いところに塗りつけると治るのだという。  (「麹町ウぉーカーNO18(心法寺)」より)]

心法寺資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 御江戸番町絵図」[絵図右下・麹町九町目左に心法寺と記述されている。]

国立国会図書館デジタルコレクション – 御府内往還其外沿革図書. 三」(176/186、180/186、182/186、184/186地図右ページ中央に心法寺と記述されています。)

江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「常仙寺寅薬師堂心法寺」(7-12)、「千手観世音解説-1・左ページ左より2行目から」(7-11)、「千手観世音解説-2・右ページ2行目まで」(7-13)

心法寺 – Google Map 画像リンク」、「塩地蔵 – Google Map 画像リンク

カメラ北北東方向が心法寺山門です。

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