宝塔寺

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マーカーは宝塔寺です。

国立公文書館デジタルアーカイブ – 江戸御場絵図」[江戸御場絵図表示は南北逆になっていますので、反転表示すると見やすくなります。反転表示した絵図中央右方向・「上大崎」右上方向に宝塔寺が描かれています。また、「下大崎」、目黒川上に「一柳献吉」名が記述されています。]

宝塔寺
[天台宗の宝塔寺は、白雉山慈光院と号します。文亀2年(1502)南品川漁師町に法東寺として創建したと伝えられます。寛永の頃に慈光院宝塔寺と改称、万治年間(1658-1661)に下大崎村一柳家下屋敷近辺に移転しましたが、目黒川の水害を受け、当地に移転したといいます。赤坂山王城琳寺末でしたが明治元年同寺廃寺に伴い、三田西蔵院末となり、さらに明治43年9月に他の同宗3ヶ寺(観音寺安楽寺徳蔵寺)と共に比叡山延暦寺の直末となりました。  (「宝塔寺|品川区東五反田にある天台宗寺院 – 猫の足あと」より)]

宝塔寺資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 目黒白金辺図」(絵図左下・凡例上に「雉子宮 宝等寺(宝塔寺)」が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 麻布新堀河ヨリ品川目黒マデ絵図」(コマ番号3/7・絵図中央左下方向「松平七五郎」上に「雉子宮 宝塔寺」が描かれています。)

寳塔寺 – Google Map 画像リンク

カメラ北北東方向が、宝塔寺です。

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