岡山藩池田家下屋敷跡

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    関連リンク – 「岡山藩中屋敷跡、備前橋跡」、「岡山藩池田家上屋敷跡

    国立公文書館デジタルアーカイブ – 江戸御場絵図」[江戸御場絵図表示は南北逆になっていますので、反転表示すると見やすくなります。反転表示した絵図中央右方向・「上大崎」上の松平上総介が岡山藩池田家下屋敷です。]

    国立国会図書館デジタルコレクション – 御府内場末往還其外沿革圖書. [6]拾六下」[コマ番号2/5・絵図中央下右より、4/5・絵図中央上右寄りに松平内蔵頭下屋敷と描かれています。]

    岡山藩池田家下屋敷跡
    [池田山公園(いけだやまこうえん)は、東京都品川区東五反田にある品川区立の公園である。周辺住民の憩いの場として知られる。当地一帯は江戸時代岡山城主・池田氏下屋敷があったところであり、付近一体の高台は「池田山」という名称で呼ばれた。廃藩置県以降も池田氏の屋敷として使われていた。やがて、池田山付近は宅地化され近辺も高級住宅地として分譲され、邸宅が立ち並び池田山は山の手有数の高級住宅地として知られるようになった。(そのなかの邸宅のひとつに、皇后美智子の実家である正田家の邸宅があった。現在は建物はなく跡地はねむの木の庭という小さな区立公園になって一般に公開されている。)また、池田山公園のあるところは、池田家の下屋敷の奥庭の部分であった。戦後しばらく私人の邸宅があったところであったが、品川区が庭園を保存すべく土地を取得し公園として整備し、1985年に区立公園として開園されたものである。現在でも江戸時代の回遊式庭園が良好に整備・保存されており、一般に公開されている。  (wikipedia・池田山公園より)]

    [五反田駅から北の方向にあたる、旧上大崎村と下大崎村にまたがる高台には、備前国 岡山藩(禄高31万5,000石)池田家下屋敷「大崎屋敷」がありました。東五反田五丁目にある池田山公園は、その下屋敷跡の一部分で、今でもこの付近は池田山と呼ばれています。大崎屋敷は、上屋敷などが火災に遭ったときの避難所になったり、藩主やその家族の遊興のための別邸という役割をもっていました。ときには藩主が隠居した時の住まいにもなりましたし、鉄砲の射撃訓練場などにも使用されたといいます。さて、岡山藩が大崎に広大な下屋敷を構えるまでの経過をみてみましょう。3代藩主池田光政 のとき、明暦3年(1657)1月18日から20日にかけて、江戸の6割を焼いたという「明暦の大火」が発生し、岡山藩は、丸の内大名小路(千代田区)に拝領していた上屋敷をはじめ3ヵ所の屋敷を焼失してしまいました。そのため岡山藩は、新たに中屋敷浅草三十三間堂前(台東区)に拝領しましたが、翌年すぐに、この屋敷を相対替 (交換)して下谷寺町(台東区)に「下谷邸」を建て、世継ぎであり後に4代藩主となる池田綱政 とその妻の屋敷としました。ところが、寛文8年(1668)2月に起きた上野周辺の大火によって、この屋敷も焼失してしまったのです。藩主光政は、藩の重臣たちに、新たな下屋敷の候補地を選定させ、その結果、候補地を上渋谷村と大崎村の2ヵ所にしぼり、実地調査によって、大崎を下屋敷候補地に決定しました。候補地決定後、藩主光政は、下谷邸を返上するかわりに、大崎に下屋敷拝領を希望するという願いを江戸幕府に提出しました。また、同時にこの大崎の地に、屋敷畑や菜園を所有していた大和新庄 藩主 桑山家と上総国飯野藩主 保科家から1万5,800坪余を抱屋敷地として購入しました。寛文10年(1670)4月には、この抱屋敷に隣接する1万1,500坪余を拝領屋敷として下賜され、合計2万7,300坪余の大崎下屋敷となりました。同じ月の23日に、藩主光政がこの地を訪れたといいます。その後も隣接する百姓地や武家地を抱屋敷として購入し、敷地の拡張をはかっていきました。最後に購入した、宝永5年(1708)の表門外側左右の百姓地3,000坪余を合わせると、40年近くかけて手に入れた下屋敷の総面積は3万7,600坪におよぶ壮大な規模となりました。このように敷地は拝領部分と抱え部分が入り組んでいましたが、屋敷を使うにあたっては、取得形態にこだわることはなかったようです。池田家は、寛文10年(1670)以降、江戸時代を通して総面積3万7,600坪余の「大崎屋敷」を所持していました。明治になってからも、多くの部分を池田侯爵邸として使用していましたが、大正時代末期から次第に宅地として開発、分譲されていきました。  (「品川の大名屋敷 第5回|品川区 – 品川区 Shinagawa City」より)]

    品川の大名屋敷 第6回|品川区 – 品川区 Shinagawa City」、「品川の大名屋敷 第7回|品川区 – 品川区 Shinagawa City

    岡山藩池田家下屋敷跡資料リンク
    国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 目黒白金辺図」(絵図中央に松平讃岐守下屋敷が描かれて、その左下方向に松平内蔵頭下屋敷が描かれています。)

    国立国会図書館デジタルコレクション – 麻布新堀河ヨリ品川目黒マデ絵図」(コマ番号3/7・絵図中央下方向に「松平七五郎」と描かれています。)

    池田山公園 – Google Map 画像リンク」、「ねむの木の庭 – Google Map 画像リンク

    カメラ南西方向が岡山藩池田家下屋敷跡(現池田山公園)です。

    池田山公園内のカメラです。

    カメラ南方向突き当りが「ねむの木の庭」(品川区東五反田5丁目19-4)です。

    「ねむの木の庭」内のカメラです。

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