油面公園

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マーカーは油面公園です。

油面公園
江戸時代の中頃からこの一帯では、菜の花栽培が盛んとなり、絞った菜種油祐天寺などの燈明用として使われていました。
この油の奉納の際、絞油業者への租税が免除されていたらしく、油製造により税が免ぜられる村、すなわち「油免」というのが地名のおこりとも言われています。
園内には、紅梅・白梅など様々な品種のある梅園があります。  (「油面公園 目黒区」より)]

油面(あぶらめん)
[「油面(あぶらめん)」は、衾(ふすま)碑文谷(ひもんや)などとともに、初めての人にはまず読めそうにない地名の一つ。もとは、現在の中町一丁目に、同二丁目、中央町二丁目の一部を加えた一帯の旧字名だが、その名は、油面(あぶらめん)小学校、油面公園をはじめ、商店街通りや交差点、バス停などに今も残り、「住区」の名称ともなっており、その長い歴史に新たな一ページを加えている。
さて、「油面」の地名は、多くの地名の例に漏れず、土地の産物にちなむもの。江戸時代の中ごろから、この辺り一帯では菜種の栽培が盛んとなり、絞った菜種油は芝の増上寺や、その流れをくむ祐天寺の灯明用として使われていた。この油の奉納に付随して、絞油業に対する租税が免除されていたらしく、油製造により税が免ぜられている村、すなわち「油免」が、いつしか「油面」となったと伝えられる。
ただし、「面」については、韓国などで、村長のことを面長といっているように、「村」の意味とする説もあり、この説によれば、「油面」は、単に「油のとれる村」の意味となる。
なお、菜種の栽培は昭和の初めごろまで行われ、開校当時(大正14年)の油面小学校は、菜の花畑と竹やぶ、雑木林に囲まれた、畑の中の学校だったという。路線バスが商店街や住宅地を縫うように走る今日の町並みからは、想像もできない風景である。 (「目黒の地名 油面(あぶらめん) 目黒区」より)]

カメラ南方向が油面公園です。

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