猿楽塚

マーカーは猿楽塚です。

猿楽塚
[今や昔の姿を残すところは少なくなっている。現在では、ヒルサイドテラスE棟前に残る「猿楽塚」が生き残りの一つとして数えられるかもしれない。猿楽塚は大昔の目黒渋谷住民が苦しみ悩みを忘れるために集ったレジャーセンターとして江戸名所図会に残されている。
「去我苦塚 別所台と云う地にあり。塚の高さ一丈あまりあり。相云う、昔渋谷長者某  近所の人民を語らい時として此塚の辺にて酒宴を催し歓楽せしにより、苦を去の所謂なりと云う」
(参照:目黒区史・江戸名所図会・郷土目黒・渋谷郷土特報・目黒広報)  (「江戸近郊農家の歴史|ヒルサイドテラスオーナーズサイト」より)]

[猿楽塚(さるがくづか) 
猿楽町29番 ヒルサイドテラス内
区指定史跡 昭和51年3月26日指定
 ここにあるこんもりした築山は、六~七世紀の古墳時代末期の円墳で、死者を埋葬した古代の墳墓の一種です。
 ここにはその円墳が二基あって、その二つのうち高さ五メートルほどの大型の方を、むかしから猿楽塚と呼んできました。
 この塚があることから、このあたりを猿楽といい、現在の町名の起源となっております。
 ここにある二基の古墳の間を初期の鎌倉街道が通っていて目黒川へくだっていました。
 渋谷区のように開発が早くからはげしく行われた地域に、このような古墳が残されていることは非常に珍しいことです。
         渋谷区教育委員会]

国立国会図書館デジタルコレクション – 御府内場末往還其外沿革圖書. [4]拾六中」(コマ番号5・地図中央右上方向に中川修理大夫抱屋敷が描かれ、その右上方向に猿楽塚が描かれ、猿楽塚上に三田用水が描かれています。)

猿楽塚古墳 – Google Map 画像リンク

カメラ南西方向・通路突き当りがヒルサイドテラスE棟で、手前右側に猿楽塚があります。

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