田道庚申塔群

マーカーは田道庚申塔群です。

田道庚申塔群
[旧暦では60日に1度、庚申(かのえさる)の日が巡ってきますが、この夜眠ってしまうと人の体内にすんでいる三尸(さんし)という虫が天に昇り、天帝にその人の日ごろの行いを報告するという道教の教えがあり、罪状によっては寿命が縮まると言われていました。寿命が縮まっては大変。この日は身を慎み、虫が抜け出せないようにと徹夜して過ごしました。日本では既に10世紀ごろには盛んだったようで、「枕草子」、「大鏡」などに記述があります。この教えが広まっていく中で仏教や庶民の信仰が加わり、江戸時代には全国の農村などで大流行しました。身を慎むことから始まりましたが、徐々に米や野菜、お金を持ち寄り、皆で飲食・歓談して過ごす楽しい集まりになっていきました。また、さまざまな情報を交換し、農作業の知識や技術を研究する場でもありました。この集会を3年18回続けた記念に建立したのが庚申塔です。長寿や健康のみならず、家内安全や五穀豊じょう、現世や来世のことなどを祈り、それを碑面に刻みました。  (「目黒区ホームページ – 東急東横線中目黒駅近辺の庚申塔」より)]

[田道庚申塔(目黒二丁目13番)
区民センター脇、ひいらぎ庚申の右の道を行くとうねった道の右側に庚申塔6基、お地蔵様1基があります。かわらぶきの屋根の下に「田道庚申」と書かれた大きなちょうちんが下がっています。  (「目黒区ホームページ – 田道庚申塔」より)]

[田道庚申塔群(でんどうこうしんとうぐん)は、延宝元年(1673年)の銘文のある地蔵1基、延宝5年(1677年)から正徳3年(1713年)の銘文のある庚申塔6基からなり、当時の民間信仰を今に伝えています。屋根が作られていて保存状態は良好で、青面金剛、太陽と月、二羽の鶏、三匹の猿の彫刻がそれぞれに確認できます。庚申塔は、庚申待(こうしんまち)を3年かけて18回続けた後に、記念として建てたものです。庚申待とは、庚申の日には命が縮められないよう寝ないで過すという民間信仰です。江戸時代には、飲んだり食べたりしながら一晩中語りあかす集まりが盛んに行われました。庚申塔群の前を通る道は、かつて麻布、青山方面から目黒不動尊瀧泉寺への順路で、江戸中期以降はやや町並化された場所でした。  (「目黒区・田道庚申塔群 区指定有形文化財(歴史資料)」より)]

田道庚申塔群 – Google Map 画像リンク

カメラ西方向が田道庚申塔群です。

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