マーカーは本法寺です。
本法寺
[当山は浄土真宗御本山の本願寺第八代蓮如上人により、近江国堅田(現在の滋賀県大津市)に創建され、本法院称徳寺(慈敬寺)と号したのがそもそもの始まりです。その後、正親町天皇により院家に勅許され、1627年(寛永4年)には住僧教映が本願寺宣如の命により寺基を三河国大塚に移し、本法寺と称しました。 そして1705年(宝永2年)に東京・小日向の地に移転し、現在に至っております。江戸時代に本法寺とその周辺が描かれた絵画があります。それは江戸名所図会という本の中にあります。 (「本法寺-本法寺の歴史」より)]
「国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 小日向絵図」(絵図下中央付近・称名寺と日輪時の間の本方寺が本法寺です。)
「国立国会図書館デジタルコレクション – 御府内往還其外沿革図書. 十二之二」(コマ番号54[寶永二酉年之形]-57/134・地図右ページ中央付近に本法寺が描かれています。)
「江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「金剛寺氷川明神社本法寺」(12-22)
金剛寺氷川明神社本法寺(拡大図)
[図会左ページ上に氷川明神社、下に本法寺、右ページの金剛寺は中野区上高田4-9-8に移転しています。]
カメラ北方向が本法寺山門です。
本法寺本堂前のカメラです。