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軽子坂
[神楽坂通りの北東側を並行する坂。鎌倉時代に武蔵国府中と下総国国府台の両国府をむすぶ道として整備されたもので、神楽坂通りより古い歴史を有する。江戸時代には、神楽河岸で荷揚げされた米などの荷を軽籠(かるこ)を背負って運搬する人夫達(軽子)がこの地に多く住み往き交っていた。坂の名はこのことに由来する。 (「神楽坂 散策マップ 動画版 “新宿史跡・文化財”|一般社団法人」より)]
[【標 識】
説 明: この坂名は新編江戸志や新撰東京名所図会などにもみられる。
軽子とは軽籠持の略称である。今の飯田濠にかつて船着場があり、船荷を軽籠(縄で編んだもっこ)に入れ江戸市中に運搬することを職業とした人がこの辺りに多く住んでいたことからその名がつけられた。
設置者: 新宿区教育委員会
設置日: 平成十五年三月 (「軽子坂(新宿区) – 東京23区の坂道」より)]
「国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 小日向絵図」(絵図左上・飯田濠の右に揚場町が描かれ、揚場町上に「軽子サカ」が描かれています。)
「国立国会図書館デジタルコレクション – 御府内往還其外沿革図書. 十一之二」(コマ番号2/3・地図下・牛込御門右方向、神田川上にカシチが描かれ、その上に牛込揚場町が描かれています。牛込揚場町の左通りが軽子坂です。)
カメラ位置は軽子坂上で坂右に軽子坂標柱があります。
軽子坂下・カメラ西北西方向が軽子坂で、坂右方向が揚場町です。