立川諏訪神社・八幡神社

マーカーは立川諏訪神社です。

立川諏訪神社
[諏訪神社(すわじんじゃ)は東京都立川市柴崎町にある神社。獅子舞と相撲の名社とされている。
諏訪神社に伝わる由緒書によれば、811年(弘仁2年)7月27日信濃国から諏訪大神を、柴崎村出口(現立川市柴崎町、諏訪の森公園)に勧進鎭祭したのが創建とされる。 諏訪の森公園に建つ「旧宮址」の石碑には、「弘仁弐年六月弐十七日 勧請信州諏訪大神」と刻まれている。
天正14年武蔵野野火 – 1586年(天正14年)11月9日、武蔵野に野火が起こり、社殿・宝物・旧記・神主の系図などが消失。
1670年(寛文10年)、従来の場所から社地を移して、諏訪神社本殿再建。
1994年(平成6年)10月26日:神社焼失。
2002年(平成14年)4月7日:諏訪神社・八幡神社・稲荷神社本殿が再建。 
八幡神社
諏訪神社本殿は、正面に諏訪神社、左手に八幡神社、右手に稲荷神社が配されており、建造物として他の末社とは分けられている。
八幡神社(はちまんじんじゃ)は1907年(明治40年)7月まで東京都立川市柴崎町1-7-17にあり、以降は諏訪神社に合祀されている神社。
1252年(建長4年)8月15日に創建され、当時現在の立川市にて勢力をふるっていた立川氏の氏神として代々擁護を受けてきた。
1586年(天正14年)の野火で諏訪神社とともに社殿が焼失し、諏訪神社に先立って再建されたが、さらに1824年(文政7年)に再び火災に見舞われた。1841年(天保12年)に改めて造営された。
明治の中頃、村内で秋蚕の生産が盛んになったため、従来8月15日に行われていた祭礼が9月15日に変更された。
しかし、1907年(明治40年)11月、無住のため社殿の維持が困難になったため、御神体を諏訪神社に合祀、旧本殿も併せて神社境内に移築された。
1994年(平成6年)10月26日の不審火で焼失し、諏訪神社とともに再建された。
諏訪神社内で保管されている八幡神社本地仏像は戦国時代の立川氏を知る重要な資料として知られている。  (wikipedia・諏訪神社_(立川市柴崎町)より)]

江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「立川八幡宮諏訪社満願寺」(10-28)、「八幡宮説明-1・左ページ」(10-27)、「八幡宮説明-2、満願寺諏訪社説明」(10-29)
立川八幡宮諏訪社満願寺(拡大図)

[立川の「八幡宮・諏訪社・満願寺」が描かれている。右上に描かれているのが「諏訪社」であり当社。中央に描かれているのが「八幡宮」で後に当社に合祀。左下に描かれているのが「満願寺」で明治の廃仏毀釈で廃寺。  (「立川諏訪神社 / 東京都立川市 | 御朱印・神社メモ」より)]

立川諏訪神社参道鳥居前のカメラです。

立川諏訪神社神門内境内のカメラです。

立川諏訪神社拝殿前のカメラです。