幽霊坂、玉鳳寺、仙翁寺

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    幽霊坂
    [当地は江戸の昔から「ゆうれいざか」と呼ばれているが、その名の正確な由来は不明である。 他にもある幽霊坂と同様に漢字では「幽霊坂」と記すのが通常であるが、「有礼坂」と記す場合があり、下記のとおり、双方に由来説がある。
    幽霊坂の由来説
    坂の周辺地域には寛永12年(1635年)の江戸城拡張に伴って八丁堀より移転されてきた寺院群が建ち並び、昼でも幽霊が出そうなほど暗い場所であったことから、あるいは、それほどに寂しい場所であったから、とする。
    有礼坂の由来説
    明治時代、文部大臣・森有礼(もり ありのり。その名「有礼」を音読みすれば「ユウレイ」)の屋敷が付近にあったことに因む、とする。
    ただし、後者の説は定説ではなく、むしろ単純に「幽霊」が持つ「負」のイメージを嫌って(もっとも、これをことさらに嫌うのは明治以降の日本人の感覚である)、地域にゆかりの人物名にこじつけたと考えるのが自然である。  (wikipedia・幽霊坂より)]

    玉鳳寺
    [玉鳳寺(ぎょくほうじ)とは、東京都港区三田四丁目にある曹洞宗の寺院。慶長4年(1599年)に八丁堀に開創。江戸城拡張工事に伴い三田が寺町として指定され寛永12年(1635年)に同地に移転。
    御化粧延命地蔵尊(おしろい地蔵)
    山門横にまつられている。これは八丁堀の地蔵橋畔に放置されていたものを住職格翁宗逸和尚が修復、またこの地蔵が大変泥にまみれているのを不憫に感じた住職が白粉を塗って祭ったところ、和尚の顔面の痣が消えたので人々が病気のあるところと同じ部分に白粉を塗って祈願するようになったといわれる。住職同様顔の痣・傷・シミに悩む者から肌(特に顔面)を綺麗に保ちたい者、もちろん左記以外の願いを持つ者も連日絶えることなく白粉を地蔵に塗り祈願している。
    山門・wikipedia-photo、御化粧延命地蔵尊(本画像は地蔵像であり観音像ではない)・wikipedia-photo  (wikipedia・玉鳳寺より)]

    資料リンク
    国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 芝高輪辺絵図」(絵図中央上の細川越中守中屋敷の左下方向、中寺丁付近に玉鳳寺、仙翁寺が描かれています。)

    国立国会図書館デジタルコレクション – 芝金杉ヨリ麻布白金御殿跡辺絵図」(コマ番号4/5・絵図中央寺町の中央交差路に「仙翁寺」「玉鳳寺」が描かれ、間の道が幽霊坂です。)

    玉鳳寺 – Google Map 画像リンク」、「化粧地蔵尊 – Google Map 画像リンク」、「仙翁寺 – Google Map 画像リンク

    幽霊坂上・カメラ北西方向が幽霊坂で、坂左に標柱があります。

    カメラ位置は幽霊坂で、カメラ西南西方向が玉鳳寺山門で、山門左に御化粧延命地蔵尊(おしろい地蔵)が祀られています。また、カメラ東方向・角が仙翁寺です。

    幽霊坂下・カメラ南南東方向が幽霊坂で、坂左に標柱があります。

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