洲崎弁財天(現利田神社)

マーカーは利田神社(かがたじんじゃ)です。

洲崎弁財天(現利田神社)
[江戸時代には、目黒川河口に突き出した弁天社である。品川漁師町から信仰された。(「江戸切絵図散策」より)
現在は目黒川の位置も海岸線も様変わりしています。]

[利田神社は、寛永3年(1626)に、東海寺_(品川区)沢庵宗彭弁財天勧請したのが始まりとされます。当地一帯は安永3年(1774)から天保5年(1834)にかけて、南品川宿名主利田吉左衛門により開発されたことから利田新地と呼ばれ、当社も利田神社と称します。当社内には寛政10年(1798)5月に暴風雨で品川沖に迷い込んだ鯨の供養碑鯨碑があります。  (「猫のあしあと」より)]

[『江戸名所図会』には、南品川猟師町と利田新地の名所として、洲崎弁天と寄木(よりき)明神社の2ヵ所が挿し絵とともに紹介されています。  (「江戸から明治の品川名所 第4回|品川区 – 品川区 Shinagawa City」より)]

東海道品川宿のはなし 第8回|品川区 – 品川区 Shinagawa City」、「江戸から明治の品川名所 第4回|品川区 – 品川区 Shinagawa City

洲崎弁財天資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 芝高輪辺絵図」(絵図左下・尾張屋清七版印左に洲崎弁財天が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 麻布新堀河ヨリ品川目黒マデ絵図」(コマ番号2/7・絵図左上洲先に「辯天」と描かれています。)

「江戸名所図会」(画像は国立国会図書館ウェブサイトより取得)・洲崎弁財天品川汐干

江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「洲崎弁財天」(4-20)、「品川汐干」(4-19)

「東都名所」(画像は国立国会図書館ウェブサイトより取得)・州崎弁財天境内全図州崎弁財天境内全図-2州崎弁財天境内全図-3

江戸名所 洲崎はつ日の出

利田神社 – Google Map 画像リンク」、「鯨塚 – Google Map 画像リンク

カメラ北北西方向が洲崎弁財天(現利田神社)参道です。

カメラ北西方向が洲崎弁財天(現利田神社)拝殿です。

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