聖坂、済海寺

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    聖坂
    [聖坂(ひじりざか)は東京都港区三田四丁目にある坂。田町側から上ると内陸側に、三田中学校、クウェート大使館、 阿含宗関東別院が存在し、同方角から潮見坂幽霊坂から注ぎ込む形で交差し、海側に済海寺、亀塚公園御田八幡神社が存在する。そのまま進むと伊皿子坂魚籃坂からなる道路と交差して二本榎通りと名称を変える。
    高野聖が開いた古代中世の通行路で、その宿所も同所に存在したためこの名称が付けられたとされる。「竹芝の坂」もしくは「竹芝坂」とも呼ばれた。
    本道は古奥州街道にあたり、江戸幕府が開府して東海道が開かれるまで、東国と西国を結ぶ主要道路であった。江戸時代まで坂は斜面ではなく緩やかな階段状を成していた。この階段の存在は『江戸名所図会』によっても確認することが可能である。
    坂上より・wikipedia-photo、坂下より・wikipedia-photo、道標・wikipedia-photo  (wikipedia・聖坂より)]

    済海寺
    [1621年(元和7年)牧野忠成と念無上人によって創設。越後国長岡藩藩主家牧野氏や伊予国松山藩主家松平氏及びその定府家中が江戸での菩提寺として使用。1859年(安政6年)にフランス総領事館となり、2年後には公使館となって1874年(明治7年)まで続いた。現在は最初のフランス公使宿館跡として碑が境内に残されている。1982年に済海寺にある旧越後長岡藩主家牧野家墓所の悠久山への改葬が行われるが、鈴木公雄を団長とする済海寺遺跡調査団による緊急遺骨調査が行われた。
    聖坂より・wikipedia-photo、「都旧跡・最初のフランス公使宿館跡」・wikipedia-photo  (wikipedia・済海寺より)]

    聖坂、済海寺資料リンク
    国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 芝高輪辺絵図」[絵図中央右上・土岐美濃守(沼田藩)下屋敷右に聖坂、済海寺が描かれています。]

    国立国会図書館デジタルコレクション – 芝金杉ヨリ麻布白金御殿跡辺絵図」(コマ番号4/5・絵図中央寺町右「松平紀伊守」左に「聖坂」、下に「済海寺」が描かれています。)

    江戸名所図会」(画像は国立国会図書館ウェブサイトより取得)・聖坂済海寺功運寺

    江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「聖坂済海寺功運寺」(3-38)、「龍谷山功運寺、周光山済海寺、竹芝寺奮址解説・右ページ左から4行目より」(3-39)、「竹芝寺奮址解説-2」(3-40)、「竹芝寺奮址解説-3、亀塚解説・左ページ左から2行目まで」(3-42)

    聖坂 – Google Map 画像リンク」、「済海寺 – Google Map 画像リンク」、「フランス領事館跡碑 – Google Map 画像リンク

    カメラ北東方向が聖坂で、カメラ東方向が済海寺山門です。

    聖坂上・カメラ北東方向が聖坂で、坂左・電柱前に標柱があります。

    カメラ南西方向が聖坂で、坂左に標柱があります。

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