増上寺景光殿 (旧広書院)表門

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増上寺景光殿 (旧広書院)表門
[大殿(本堂)の裏手(西側)、景光殿の正面に位置します。形式は、一間一戸の四脚門(平唐門形式)で、屋根は桟瓦葺です。主柱には両側に壁が取り付けられていた痕跡がありますが、現在は門だけが単独で建っています。現在地に移築されたのは、新書院建設時の昭和53年(1978)です。当初位置は不明です。
正面の蟇股〈かえるまた〉には表裏両面に徳川家の家紋である三葉葵紋が刻まれ、側面の蟇股は内側のみに葵紋が彫られ、外側は板状となっています。また、鬼瓦留蓋〈とめふた〉瓦にも葵紋が付されます。
両開きの桟唐戸〈さんからど〉の上部欄間〈らんま〉は右側には雲に月、左側には海に日の出をモチーフとした透彫の彫刻が施されています。天井は表側を鏡天井、裏側を格天井とします。
虹梁〈こうりょう〉絵様の形は18世紀前期の特徴を示し、増上寺水盤舎(清揚院霊廟から移築と伝える)の頭貫に類似しています。徳川家光次男、甲府宰相綱重(1644‐78、法名清揚院)が宝永2年(1705)に伝通院から増上寺に改葬されており、この時に増上寺本堂裏山に整備された清揚院霊廟にかかわるものであった可能性もあります(清揚院霊廟は、明治中頃に解体されました)。
本建築は、江戸時代に徳川家菩提寺として隆盛を誇った増上寺の往時の華麗さを伝える数少ない遺構の一つとして貴重です。  (「増上寺景光殿 (旧広書院)表門 – 港区の文化財保護:指定文化財 解説」より)]

カメラ西方向が増上寺景光殿(旧広書院)表門です。