虎ノ門外御用屋敷跡(玉川上水樋管)

マーカーは虎ノ門外御用屋敷跡です。

虎ノ門外御用屋敷跡
[寛政六年(一七九四)に久保町・太左衛門町は全焼し、四たび移されて現西新橋一丁目一一~一四番へ行き、跡は防火空地になったが、享和元年(一八〇一)には弓射練習場になり、さらに文政七年(一八二四)には、俗に比丘尼屋敷と呼ぶ幕府御用屋敷となった。  (「ADEAC(アデアック):デジタルアーカイブシステム」より)]

[明治3年(1870年)、虎ノ門内(?外)側の幕府の御用屋敷があった敷地が今入町(後の芝虎ノ門町)となる。
昭和24年(1949年)、芝今入町が芝虎ノ門に改称する(現在の虎ノ門一丁目1番地)。町名に「虎ノ門」が採用されたのはこのときが初めてである。  (wikipedia・虎ノ門より)]

国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 芝愛宕下絵図」(絵図左上に御用屋敷と描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 御府内往還其外沿革図書. 八之二」(2/2・絵図左上に御用屋敷と描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 御府内往還其外沿革図書. 八」(12,13/144・絵図右に太左衛門町と久保町が描かれています。14/144・絵図右に火除明地と描かれています。15/144・絵図右に大的場と描かれています。16~20・絵図右に御用屋敷と描かれています。)

玉川上水樋管
玉川上水留. [28] 玉川上水虎御門外通入子樋枡御普請一件 弘化三午年閏五月 御普請方 分冊ノ一」(24/73・虎ノ門外御用屋敷周辺の玉川上水樋管が描かれています。)
玉川上水留. [29] 玉川上水虎御門外通入子樋枡御普請一件 弘化三午年閏五月 御普請方 分冊ノ二」(15/70・虎ノ門外御用屋敷周辺の玉川上水樋管が描かれています。)
玉川上水留. [30] 玉川上水虎御門外通入子樋枡御普請一件 弘化三午年閏五月 御普請方 分冊ノ三」(22/70・虎ノ門外御用屋敷周辺の玉川上水樋管が描かれています。)

カメラ位置は虎ノ門交差点で、カメラ東北東方向に虎ノ門外御用屋敷がありました。