鷭土手(鳩の街通り商店街)

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    鷭土手(鳩の街通り商店街)
    [徳川家康入府以前、首都高速6号向島線向島入口付近からは、現在の鳩の街通り商店街と地蔵坂通り商店街を土手とする(それぞれかつては鷭土手、鶴土手と呼ばれていた。)分流が流れ、現曳舟駅付近を経由して、その先押上付近までにさらに3手に分かれ、大横川横十間川北十間川にほぼ添う形の河川があったとされている。  (wikipedia・隅田川より)]

    [安政新刻隅田川向嶋繪圖の隅田川西岸の弘福寺長命寺間に描かれる河川は(実際はもう少し上流)古川で、俗にばん堀(鷭堀)ともいう。洲崎村と寺島村の境川であった。
     この古川と交差する河川が曳舟川で、中川から取水し向島地域を縦貫していた。  (「江戸切絵図散策」より)]

    [ここで少し地蔵坂通りから逸れるが銅像堀から流れる古川に関する一つの発見があったので述べてみたい。「葛西志附圖・北十間川以北至古隅田川略圖」をみると、墨堤通りが長命寺の北・言問団子のところで、右に入る隅田公園への道と、左斜めに下りる道とに分かれる。後者左斜めに下りる道は元銅像堀入江から流れる古川の分流が流れてその跡に出来た道であることがわかる。
     また、「新編武蔵風土記稿巻之二十」では、北十間川は「昔は業平橋の北より横川の枝流となり、押上請地龜戸の内を斜に東の方中川に達せしが、・・・・・云々中略・・・・・此川古は柳島村の邊より請地古川と唱ふる川にも通じて、洲崎村長命寺の北にて隅田川に合流せしさまなり」。
     以上これらの記録から、銅像堀から鳩の街へ流れる古川の本流とは別にもう1本長命寺手前まで流れる古川の分流があり、それが長命寺の北から業平橋あたりへ達していたこと、それを隅田川の入堀で寛文3年(1663)に堀割りした源森川と接続させた。北十間川の成立過程を考えると、これが江戸から現在の北十間川の姿ではないかと思われる。  (「第1寺島小学校」より)]

    カメラ位置は鷭土手(鳩の街通り商店街)で、鳩の街通りの南側を南南東方向に古川が流れていました。

    鳩の街通り商店街
    [鳩の街通り商店街は、昭和3年に設立された寺島商栄会から続く、90年近くの歴史を持つ古い商店街です。東京大空襲をまぬがれたために、通りの道幅は戦前のまま。昭和初期からのレトロな商店と新しいショップがある個性的な商店街です。
    ◇昔からの伝統ある商店に加えて、近年では古い建物をリノベーションした個性的な新ショップも登場し、下町の隠れた観光スポットとして人気を集めています。
    ◇空きアパートを改装した商店街直営の創業支援施設「チャレンジスポット!鈴木荘」事業など、空き店舗活性化の取組みが評価され、経済産業省の「新・がんばる商店街77選」に全国から選ばれました。  (「鳩の街通り商店街は個性派商店が人気の下町商店街」より)]

    鳩の街通り商店街加盟店案内

    「鳩の街通り商店街紹介サイト – 鳩の街通り商店街 – Nippon.com

    カメラ北東方向が昭和初期の木造建築「磯貝米店」です。

    カメラ東方向の建物が、昭和二年築の元薬局をリノベーションした古民家カフェ「こぐま」で、画像中央に「火曜日・水曜日は定休日です こぐま」の小さな案内板があります。(こぐま – 曳舟/カフェ [食べログ])

    カメラ東方向が弁当・丼類の店頭販売の「ハナヨシ」で、その斜め向かい・カメラ南方向におでん種の「佃忠蒲鉾店」があります。

    カメラ南南西方向が「チャレンジスポット!鈴木荘」です。

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