無名の橋(現源森橋)

マーカーは無名の橋(現源森橋)です。

無名の橋(現源森橋)
[源森橋の項には「もと無名なりしが旧源森橋を枕橋と公称するに至り其の名を譲れるなり」とある。  (「2008年1月号 – 墨田区立図書館」より)]

[墨田区吾妻橋二丁目と向島一丁目を結ぶ水戸街道に架かる橋で、平成19年3月に架けられた比較的新しい橋です。創架年は不詳。 名前は明治8年に西隣りの源森橋が枕橋と改称されたのにともない、「源森橋」の名を譲り受けました。
 その昔、この辺りに中ノ郷瓦町、小梅瓦町という町がありましたが、その名が示すように瓦屋さんが集まっていた土地でした。源森川はかつて大横川とつながっていました。源森川から右に曲った大横川の西側にも昭和まで瓦屋さんがたくさん並んでいたのです。 (「ユートリヤ/すみだの川と橋/北十間川に架かる橋」より)]

[北十間川に停泊する屋形船の船着き場でもあり、横を走る電車や川とともに東京スカイツリーを撮影出来るスポットとして人気があります。多くの鉄道ファンからも親しまれている場所です。  (『橋 – 世界一のタワー・東京スカイツリーで出会う「エクシオ プレミアム」』より)]

[北十間川の名称は、川幅が「10間」の川であることに由来すしますが。以前は大横川の分流点より西を源森川(別名源兵衛堀)、東を北十間川といっていました。  (wikipedia・北十間川より)]

源森橋 – Google Map 画像リンク

カメラ位置は(現)源森橋です。

無名の橋(現源森橋)資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 本所絵図 」(絵図中下・水戸殿(水戸徳川家下屋敷)左上に源森川に架かる無名の橋が描かれています。また、橋の上側に中ノ郷瓦町があります。)]

「国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 本所絵図」[絵図中央上・源森橋の右方向に無名の橋が描かれています。また、橋の下側に中ノ郷瓦町があります。)]

「国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 隅田川向島絵図」[絵図右上方向に源兵エ橋が描かれ。源兵エ橋の左方向に無名の橋が描かれています。]

江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」 – 「bunko10_06556_0018_p0076.jpg」(18-76)[瓦師 中之郷の辺、瓦師の家多く、これを業(なりはい)とするもの多し]

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