桑名藩松平家抱屋敷跡(大塚公園、住吉稲荷社)

マーカーは住吉稲荷社です。

関連リンク – 桑名藩松平家上屋敷跡桑名藩久松松平家下屋敷(浴恩園)跡(元中央卸売市場)桑名藩松平家抱屋敷跡

桑名藩松平家抱屋敷跡(大塚公園、住吉稲荷社)
[小石川大塚の屋敷は松平定信文化年間(1804-17)の始めに購入した屋敷である。抱屋敷として松平家が独自で所有していた。定信はここに庭園を築き春園・秋園・果園・竹園・集古園・攅勝園を設け、総称して六園と称した。拝領屋敷でなったから、明治維新後も没収されずに、松平家屋敷として続き、明治43年に松平家が移り住んだ。土地の一部は昭和3年(1928)に東京市の大塚公園となった。松平家の建物は昭和20年の戦災を免れたが、戦後の財産税のために政府に物納され、現在は東邦音楽大学の敷地になっている。明治43年に松平家の屋敷神として祀られた住好稲荷社は大塚公園内に現在祀られている。  (「幕末・維新の桑名藩シリーズ05-松平越中守家の江戸屋敷(2)」より)]

[昭和3(1928年)年に開園した由緒ある公園で、昭和63年(1988年)から平成3年(1991年)にかけて改修が行われました。春日通りに面した入り口広場は、石張りの奥の藤棚とともにモダンな雰囲気を漂わせています。入り口から右手に行くと露檀(ろだん)があり、その前のトレリスが落ち着いた景観を造りだしています。そこから一段下がった所には開放的な階段広場に挟まれたバルコニーがあり、そこからは広い自由広場が眺められます。ケヤキなどの大木に囲まれた自由広場からは、パーゴラの後ろの大噴水を望むことが出来ます。高さ4mのシャンパングラスの形をした台からは、水が噴出し石張りの池に落下しています。この公園は歴史の古さを感じさせる中に、現代的なデザインを取り入れているのが特徴です。  (「文京区ホームページ-大塚公園」より)]

大慈寺
[大塚3丁目交差点から春日通りを東京メトロ丸ノ内線・新大塚駅方面に進んだ右、東邦音楽大学附属東邦高等学校のあたりに臨済宗の寺院、普門山天寿院大慈寺がありました。
鎌倉から室町時代にかけての開山で、寛永年中(1624~45)に中興したといいます。『江戸名所図会』は、千姫の侍女・刑部卿局を開基としています。
大慈寺は明治中頃に廃寺となりましたが、小石川仏教会編の『小石川の寺院』によれば、大塚公園にある庚申塔が大慈寺にあったものだといいます。
一方、大塚公園にある大塚上辻地蔵講の説明板には、大塚5丁目9番の路傍に300年前からあったものだと書かれています。大塚公園は新大塚駅の手前、春日通りの右側にあります。  (「江戸名所図会の大塚・雑司ヶ谷を歩く – ま・めいぞん小石川」より)]

国立国会図書館デジタルコレクション – 江戸絵図. 5号」(絵図上中央に松平越中守抱屋敷と描かれています。抱地中央下に大慈寺が描かれています。)

住好稲荷社 – Google Map 画像リンク」、「大塚公園 – Google Map 画像リンク」「大塚地蔵尊 – Google Map 画像リンク

カメラ南方向が桑名藩松平家抱屋敷跡(大塚公園)です。

大塚公園・露檀(ろだん)前のカメラです。

大塚公園・自由広場のカメラです。

カメラ南西方向が住吉稲荷社(桑名藩松平家抱屋敷邸内社)です。

大塚地蔵尊前のカメラです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*