淀藩稲葉家下屋敷跡(こどもの城・国際連合大学)

マーカーは国際連合大学です。

淀藩稲葉家下屋敷跡(こどもの城・国際連合大学)
[こどもの城(こどものしろ)は、東京・渋谷にある、財団法人児童育成協会が運営している児童育成を目的とした施設である。国際児童年(1979年)を記念して、当時の厚生省が構想し、1985年(昭和60年)に開館した。館内には2つの劇場(青山劇場、青山円形劇場)やホテルもある。正面には岡本太郎によるシンボルモニュメント「こどもの樹」が設置されている。この施設が建つ場所は隣接する国際連合大学などとともに、都電青山車庫跡地であり、正面の青山通りを挟んだ向かい側には青山学院大学がある。
2012年(平成24年)9月、施設の老朽化などのため閉館することが厚生労働省により決定され、2015年(平成27年)2月1日に閉館した。
跡地には、首都災害医療センターが建設される予定である。  (wikipedia・こどもの城より)]

[青山電車営業所(青山車庫前) 6, 9, 10系統を担当。1968年廃止。構内敷地は広く、電車運転教習所が併設され、築山や池、林もあった立派な教習コースが存在した(ただし一方通行)。現在は国連大学本部、こどもの城(青山劇場、青山円形劇場など)が立地し、教習所跡は広大な未利用地(約1.7ヘクタール。2008年3月31日までは東京都職員共済組合青山病院があった)となっている。(「wikipedia・東京都電車より)]

[青山病院とこどもの城の場所はかつて山城国淀藩稲葉長門守の屋敷で、その屋敷の池が明治以降も都電の車庫~病院敷地内の庭に残っていたようです。西側に開けた窪地の奥の池であることや、標高からして湧水池だったのでしょうね。どこかで詳しい記述を見た記憶がありますが、忘れてしまいました。水が涸れていたとは、干上がっていたということでしょうか。勿体ないですね。  (「東京の水 2005 Revisited-いもり川(1)水源・この記事へのコメント」より)]

聴秋閣(※扇流閣)
[三渓園内にある聴秋閣は、元和9年(1623年)、江戸幕府三代将軍徳川家光が上洛するに際し、佐久間実勝に命じて二条城内に建造させたもので、当時は「三笠閣」と呼ばれていた。その後家光によって乳母であった春日局に下賜され、春日局の孫にあたる老中稲葉正則の江戸屋敷に移築されて明治維新を迎えた。明治14年(1881年)に東京府牛込区若松町(現在の東京都新宿区若松町)の二条基弘公爵邸に移され、さらに大正11年(1922年)に実業家で茶人の原富太郎(号:三渓、1868年-1939年)に贈られ、現在地に建てられた。その際に名称も聴秋閣と改められた。
聴秋閣 (2006年7月)・wikipedia-photo  (wikipedia・聴秋閣より)]

淀藩稲葉家下屋敷跡資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 青山長者丸辺図」(絵図中央右端・稲葉長門守が淀藩稲葉家下屋敷です。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 青山渋谷絵図」(絵図左中上・稲葉長門守が淀藩稲葉家下屋敷です。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 稲葉候渋谷別業図. 1」(稲葉候庭園扇流閣絵図及び解説文)、「国立国会図書館デジタルコレクション – 稲葉候渋谷別業図. 2」(扇流閣絵図)

カメラ北北西方向が淀藩稲葉家下屋敷跡(国際連合大学)です。

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