野本藩(伯太藩)渡辺家下屋敷跡

マーカーは都立広尾高等学校です。

関連リンク – 伯太藩(野本藩)渡辺家上屋敷跡(参議院議員会館)

国立国会図書館デジタルコレクション – 東京市史稿. 市街編49(1960年東京都出版)」の「江戸藩邸沿革」のP402・コマ番号245/553に伯太藩屋敷の変遷について記載されています。「下屋敷 下渋谷」がこの地になります。

渡辺章綱
[渡辺 章綱(わたなべ あきつな)は、天保4年(1833年)、和泉伯太藩第8代藩主・渡辺潔綱の長男として誕生する。
弘化4年(1847年)5月23日、父・潔綱の隠居により、家督を相続した。同年12月16日、従五位下備中守に叙任した。後に丹後守に改めた。安政3年(1856年)2月8日、大坂加番を命じられる。また、日光祭祀奉行を務めた。元治元年(1864年)6月25日、大和橋などの警備を命じられた。慶応4年(1868年)3月16日、上洛する。
明治2年(1869年)の版籍奉還知藩事となるが、明治4年(1871年)7月15日の廃藩置県で免官となる。  (wikipedia・渡辺章綱より)]

[「渋谷区立図書館-渋谷区史年表」に、
●寛文年間(1661~1672) – このころ武蔵野本藩主渡辺家下屋敷(旧若木町)ができる。
と記述されています。]

国立国会図書館デジタルコレクション – [江戸図正徳四(1714)年]」(コマ番号3/5・絵図中央上、渡辺備中守(渡辺基綱)が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 青山渋谷絵図(嘉永六年・1853年)」[絵図四つ切左下・渡辺備中守(渡辺章綱)下屋敷が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 御府内場末往還其外沿革圖書. [12]拾七下(嘉永元年・1850年)」(コマ番号2/7・絵図中央下に渡辺備中守下屋敷が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 御府内場末往還其外沿革圖書. [11]拾七下」(コマ番号175/196・「延享五年(1748)之形」の右ページに渡辺越中守(渡辺登綱)、コマ番号176/196・「文化十四(1817)年之形」に渡辺越中守(渡辺則綱)、「当時(嘉永元年・1850年)之形」に渡辺備中守(渡辺章綱)下屋敷が描かれています。)

東京府豊多摩郡渋谷町全図|公益財団法人特別区協議会」(地図中央右下・大字下渋谷の字氷川裏369,379-382が現在の都立広尾高校、区立広尾中学校になり、そこが野本藩(伯太藩)渡辺家下屋敷跡になると思います。)

カメラ位置は山種美術館前交差点で、カメラ北西方向が都立広尾高校になります。