青山熊野神社

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マーカーは青山熊野神社です。

青山熊野神社
[熊野神社(くまのじんじゃ、青山熊野神社、あおやまくまのじんじゃ)は、東京都原宿にある神社である。青山・原宿一帯の総鎮守。青山熊野神社は正保元年(1644年)正月7日、それまで紀州徳川家徳川頼宣の邸内(現在の赤坂御所の位置に所在)に奉斎されていた御宮が、地元町民の請によって現在地に移遷されたことに始まった。翌年の4月には、本殿拝殿その他の造営が完成した。神社自体の創建は、徳川頼宣が自邸内に御宮を勧請した元和5年(1619年)に遡る。初めは紀州徳川家の鎮守であったものが移遷後に青山総鎮守となった経緯から、その後も神社の祭礼の際には紀州家からの代参があったという。社号は当初「熊野大権現」であったが、明治維新時に発布された神仏分離の令により1869年(明治2年)に「青山熊野神社」と改称された。青山熊野神社は華麗な社殿を持つほか、俗謡に「青山に過ぎたるものが二つあり、鳶の薬缶に原宿の山車」と唄われるように、盛大な祭礼でも知られる。熊野神社は、江戸時代に作られた『江戸名所図会』にも江戸の名所のひとつとして描かれている。
青山熊野神社2011年(平成23年)9月・wikipedia-photo  (wikipedia・熊野神社_(渋谷区)より)]

青山熊野神社資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 青山長者丸辺図」(絵図中央右下方向・水野大監物右下に別当浄性院 熊野宮と描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 青山渋谷絵図」(絵図右上・水野大監物の左に熊野権現が描かれています。)

江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「熊野社」(8-23)[図会に別当寺として描かれているのは浄性院(真言宗)で、明治の神仏分離で廃寺になり、龍巌寺が御府内八十八ヶ所の札所を引き継いだ。  (「9番 古碧山 龍巌寺」より)]、「熊野権現社解説・ページ中央」(8-22)

熊野神社 – Google Map 画像リンク

カメラ北方向が青山熊野神社です。

カメラ初期設定方向が青山熊野神社拝殿です。

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